2009年3月16日月曜日

安易に謝るな

こんにちは

仕事上で何か不具合があったとき、その原因についての会議を行うことがあります。
でもその会議が、不具合を直すことを話し合うのではなく、誰かを犯人に吊し上げる場になってしまうこともよくある話。
魔女裁判かよ、ってぼくは思ってしまいます。
ただただ誰かを犯人に仕立て上げ、謝らせることが目的の会議。
建設的じゃない、嫌な時間ですよね。
こういう会議の時、権力的に弱い立場の人が魔女に仕立て上げられるみたいです。
誰を魔女にするかは会議の前から決まっている。
そして魔女役になる人は、最初から「すみません」と謝ることだけに終始するんです。
自分が正しいのか間違いなのか区別なく。

悪いことをしたとき、迷惑をかけたとき、すぐきちんと謝ることは大切です。
謝らずに頑なに自分の非を認めようとしない人は、世間から受け入れられなくなっていくのは当然です。
ハナから謝る人も、何かが欠けているようにも思います。
すみませんの言葉が、軽く聞こえてしまうのです。
なぜでしょうか。

それは、すぐ謝っちゃう人は「謝ることが目的になっている」ように思えるからです。
悪いことをしたとき、迷惑をかけたとき、謝りさえすればいいと思っているようなんです。
謝ればとりあえず許してくれるから謝っておこう、という安易な気持ちが透けて見えてしまうのです。
たとえ自分は間違っていないと思っていても、とにかく謝ればこの場が納まるだろうという気持ちなんです。

長野慶太『お客には絶対に謝るな!』光文社\952-にこうありました。

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実はあなたのような多くの営業マンは、お客様に「好かれたい」と願い、謝っている。
本当に自分が悪いと思って謝るケースは少ない。
あなたは、お客様の勘違いも含めて、本来自分には非のないことでも、「とりあえず謝ることで自分の誠意を売り込もう」という魂胆で謝っているのだ。
つまり、あなたの「申しわけございません」は、営業を進めるための1ツールにすぎない。(25p)
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「すみません」を営業ツールにしちゃってるんですね。
相手のために謝っているのではなく、自己保身のために謝っている。
でもそれは相手のためにも自分のためにもならないと思うのです。

謝ることが目的になってしまっている人は、再び同じような失敗をおかします。
行動が変わらないからです。
同じ人が同じ失敗をした場合、前よりもっと叱られます。
再犯ですからねー。
するとさらにすみません、すみませんとペコペコ謝るようになってしまうのです。

自分が悪くもないのに謝る場合も、再び同じような失敗を繰り返すことになります。
それは、謝ることで原因追及がそこでストップしてしまうからです。
原因がはっきりしないと、対策も明確にできません。
不十分な場当たり的な対応しかしていないので、現状を改善させることがないからです。

悪いことをしたとき、迷惑をかけたとき、一番大事なのは「行動を変える」ということです。
同様な失敗を避けるように、原因を明確にし、自分の行動パターンを変えていく。
そうすれば、次からは同じことで失敗はしなくなります。
行動を変えない限り、失敗は繰り返されます。
同じような失敗を繰り返していたら、信用は失われていき、ただただペコペコと謝るだけの人生に陥ってしまうのです。

誰にでも失敗はあります。
特に若いときは失敗だらけです。
そういうときに、謝ってごまかしてしまうのは反って損なんです。

初めての失敗には、世間はある程度寛容です。
失敗を恐れて縮こまってしまうのも困ります。
失敗を恐れずチャレンジして、それで失敗したらきちんと謝る。
原因をはっきりさせ、そして行動を変えていき、同様な失敗を繰り返さない。
徐々にでも、謝らなくてもいい人間に成長していかなくちゃ。
年齢的にも社会的にもある程度の地位に就いている人は、安易に謝ってはいけない。
いいトシしたおじさんが、ぺこぺこ意味もなく謝っているのはみっともないことだと思います。
それは若い頃からぺこぺこ謝ることによって問題をうやむやにし続けてきた結果なんだと思います。

謝ることは、実は「これから行動を変えていきます」という宣言であるべきなんですよね。
だから謝ってお終いにしてはいけないんです。
原因を追及し、失敗を繰り返さないための算段を取る。
謝ることは目的ではなく、自分の行動を変えていくきっかけ、手段なんです。
それが、相手のためになり、自分のためにもなる。
そこを間違えてはいけません。

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