2010年12月31日金曜日

抗生物質とMRSA

こんにちは

年末に妻が風邪を引いてしまい、病院にかかってきました。
出されたお薬を飲んだとたん下痢に。
原因は抗生物質。
抗生物質は細菌を殺す物質、抗・生物質です。
抗生物質が風邪の細菌だけじゃなく、腸内にもともといる細菌まで殺してしまった。
なので糞便がきちんと形成されず、下利便状態になってしまったのです。

ところで抗生物質は生物を殺す薬です。
人間だって生物です。
人間の細胞は殺さないのでしょうか。

抗生物質は、細胞壁を合成するのを阻害する薬なんです。
小中学校の理科の授業で、植物の細胞に細胞壁があることを習ったと思います。
実は細菌類にも体の外側に細胞壁があるのです。
細菌が分裂して増えるとき、当然細胞壁も作り出さないとなりません。
でも抗生物質があると、この細胞壁を作ることができなくなってしまいます。
それで細菌は増えることができなくなり、死滅してしまうというわけです。

人間など動物の細胞には細胞壁はありません。
抗生物質があっても、まったく影響を受けません。
動物は進化の過程で細胞壁を作ることをやめちゃったんですね。
細胞壁を作る必要がないので、抗生物質があっても平気なんです。

ただし、人間の腸内にはたくさんの共生菌が住んでいます。
ビフィズス菌、大腸菌などの名前を聞いたことがあるでしょう。
その数は数百兆にもなります。
人間の大便の重さの約半分は、この腸内細菌からなっているそうです。
これら腸内細菌も細胞壁を持っています。
抗生物質を服用すると、腸内細菌も殺してしまうのです。
だから便が軟らかくなったり、下痢のような状態になるのです。

この腸内細菌はただ人間に寄生しているだけじゃありません。
消化を助けたり、ビタミンを合成したり、人間にとって必要な活動もしているのです。
細菌が生きていくためには人の体が必要であり、人も生きていくために細菌が腸内に住んでいる必要がある。
その意味で、腸内細菌は寄生ではなく共生していると言っていいのです。
抗生物質でむやみやたらに殺してはいけないのです。

もちろん、病気の時は抗生物質の力を借りる必要もあります。
病気の時などは体の免疫力が落ちます。
免疫力が落ちると、共生菌ではなく悪玉菌が増えてしまう。
悪玉菌が病気をさらに悪化させるのです。
悪玉菌を殺すために抗生物質を飲む必要もあるのです。

手術の時も手術前に抗生物質を注射しておきます。
体の内部は免疫に守られて無菌状態ですが、そこを切り刻むわけです。
傷口にばい菌が付着するのは避けられません。
このばい菌が増殖してしまっては困ります。
だから抗生物質なしに手術はできないのです。

近年、MRSAという細菌が病院内で問題になっています。
MRSAとはメチシリン耐性黄色葡萄球菌といい、抗生物質が効かない細菌です。
病院に入院している患者さんは、体力が落ち、免疫力も弱くなっています。
こういう患者さんにMRSAが感染すると、あっという間に増殖してしまいます。
MRSAを殺すために抗生物質を投与しても、まるで効きません。
そのために最悪の場合、患者さんは死んでしまうこともあります。
そればかりか、感染者の体で増殖したMRSAが病院内に蔓延し、次々と患者さんに感染し、死亡者が増えてしまうのです。

MRSAにはなぜ抗生物質が効かないのか。
細菌類は遺伝子の変化がとても速い生物です。
黄色葡萄球菌自体はごくありふれた細菌で、私たちの皮膚表面にも鼻くその中にもたくさん存在しています。
その細菌の遺伝子が変化し、抗生物質を無効化する遺伝子を獲得してしまったのです。
抗生物質を無効化する酵素を作り出す遺伝子を作り出すことができる。
それがMRSAなのです。

ところでMRSAは病院以外で問題になっていません。
病院以外では増殖することがないようなんです。
なぜなんでしょう。
もちろん病院以外にいる人たちは健康だから、免疫力も強いから、ということもあります。
でもMRSAの仲間である、ごく普通の黄色葡萄球菌は私たちの体でたくさん繁殖しています。
健康な人にMRSAが感染しても、増殖できないんです。

生物の第一の目的は、増殖して自分たちの子孫を残すことです。
ことに細菌類はじゃんじゃん分裂して数を増やすことを戦略としています。
エサがあり、温度が適温である環境であれば、細菌はどんどん増殖します。
ただし、増殖するための空間が必要なのです。
細菌は空間を埋め尽くすまで繁殖しますが、空間がなくなっちゃえばそれ以上繁殖できなくなります。

ある場所に2種類以上の細菌がいたとき、生存競争に勝つにはいかにその場所の空間を自分の子孫たちで埋め尽くすかが大切です。
つまり、生存競争に勝つためには速く増殖する必要があるのです。
多くの空間を自分の子孫たちで埋め尽くした細菌が、その場所での生存競争に勝つのです。
速く増殖するためには、速く分裂する必要があります。
速く分裂するためには、速く遺伝子を複製する必要があります。
速く遺伝子を複製するためには、遺伝子は小さくコンパクトにしておく必要があるのです。

さて、MRSAは抗生物質を無効化できる酵素を作り出す遺伝子を体の中に持っています。
その分、普通の黄色葡萄球菌より遺伝子が大きくなっているのです。
遺伝子が大きいと言うことは、遺伝子の複製に時間がかかるということです。
すなわち、分裂速度が遅い。
MRSAが感染しても、他に分裂速度の速い細菌がいたら、その空間はあっという間に敵の細菌に埋め尽くされてしまい、生存競争に負けてしまうのです。

これでなぜ病院内だけでMRSA感染が問題になるのかの謎が解けました。
病院内の患者さんは抗生物質を投与されている。
患者さんの体の中にもともといた細菌たちは、抗生物質で死んでしまっている。
MRSAが増殖するための広々とした空間が広がっているわけです。
MRSAは誰に遠慮することもなく、のんびりと増殖をすればいいのです。


抗生物質が効く原理と、MRSAの増殖について夏井睦『傷はぜったい消毒するな』光文社新書¥840-で読みました。
この本、今年ぼくが読んだ科学書で一番の面白さでした。
皆さんにもお勧めします!

2010年12月30日木曜日

レディネス


こんにちは

溌貴君、補助なし自転車に乗れるようになりました!
2輪のキックボードもスイスイ乗れるようになって、平衡感覚もできた。
背も高くなって、自転車にまたがっても足が地面に着くようになった。
体の準備は万全です。

おじいちゃんが大泉中央公園に連れて行ってくれました。
この公園にはなだらかな坂がある。
下り坂を利用すれば、こがなくてもすみます。
平衡感覚だけに集中して乗ればいい。
そして坂から降りたところでペダルをこぐ。
ペダルをこいで走り続ける。
こうやって、たった数回下り坂で練習するだけで、補助なし自転車に乗れるようになっちゃいました。

家に帰ってきてから、家の前の私道で練習。
こぎ始めるところを繰り返し練習し、平らなところでも乗れるようになりました。
さっそくぼくと一緒に近所をグルグル走って回りました。
交差点ではいったん止まって、車に注意ですね。
溌貴君、みんなから「すぐ乗れるようになってすごい!運動神経バツグンだね~」って褒められて、ご満悦です。
また自信がつきましたねー。

『楽しい授業 2010.11』に板倉聖宣「個性を考える」という文章が載っていました。

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私は「個性などというものはたいしたものではない」と思っている。
そんなものはちょっとした偶然がもとになってできたものが少なくない、と思っている。
実際、本当にだれでもできなければならないことは、生理的欠陥さえなければ早い遅いの違いはあっても、だれでもできるようになるから心配はいらない。(85p)
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補助なし自転車に乗るのも、溌貴君の幼稚園の同級生の中では遅い方だったみたいです。
他の子はお父さんがかなり特訓して乗れるようにしたようです。
でもぼくは「特訓」は嫌いなんですよ。
まだ心と体の準備が整っていない子どもに特訓するのはよろしくない。
やっぱりできないし、なかなかできるようにならない。
できないことを繰り返すと、自信を奪います。
卑屈になります。
だいいち楽しくない。
そうまでして、早く何かをやらせる必要はない、と思っているのです。

板倉さんの言うとおり、誰でもできなければならないことは、早い遅いの違いはあっても誰でもできるようになる、のです。
できるようになるために、心と体の準備が整ったところで挑戦させればいい。
そうすれば、スッとできるようになっちゃう。
その方が楽しいし、自信にもなるんじゃないかって思うんですよ。
それがレディネスってもんだと思います。

もちろん、レディネスが整ったなと思ったら、他の子たちよりも早く挑戦させるってこともあるでしょう。
他の子や学校のカリキュラムなんか待っている必要もない。
そういうタイミングは逃さないようにしたいですね。
他の子よりも早くできた、学校で習うことより先にやれた、っていうのも自信の素になります。

他の子よりも遅いときは「まだ君は心と体の準備が整っていないだけなんだよ。近いうちにできるようになるから気にしないでいいよ」と言う。
他の子より早くできたときは「さすがだ。君はすごい」と言う。
どっちに転んでもシメタ、でいきたいですねー。

video

2010年12月28日火曜日

自分は他者が創る


こんにちは

溌貴君と「ダンモデ」を作りました。
ダンモデとは段ボールで作るキット。
1つ500円程度で買えます。
予めカットされているので、木工ボンドさえあればok。
かなり大きいキットなので、迫力もあり、作りがいもある。
小学校低学年くらいの男の子に最適ですね。
ぼくが説明書を読んであげながらですが、溌貴君は独力で作り上げられましたよ。
スバラシイ!

溌貴君は作る過程で、内側に折る、外側から差し込む、など具体的な作業を通して言葉を覚えたようです。
小学生、10歳までは言葉を身に着ける年代だと思います。
それも具体的な事物、具体的な作業を通して、それらと関連させての言葉ですね。
こういう言葉を豊かに身につけないと、抽象語の理解ができるようにならないんです。
抽象語には具体語が10個から100個くらい張り付いているんですよ。
その張り付いている言葉が多ければ多いほど、抽象語を具体的にイメージできるようになり、青年期になって抽象的な思考ができるようになるわけです。
だから幼少期から少年期は、多くの経験、体験を通して言葉を身につける必要があるんです。

『楽しい授業 2010.11』板倉聖宣「アマチュア主義の伝統が生きる時代」にこうありました。

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感動なしに言葉を知っちゃうということは、恐ろしく空虚なことです。
新しい言葉が出てきたのは、その背景に素晴らしいことがあるからです。(95p)
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そうなんです、だから特に男の子には中学受験が向かないんです。
中学受験に向けて小学3年くらいから塾通いを始める。
8歳や9歳の時期に、経験、体験を抜きにして言葉の世界だけを学ばされる。
実体験を伴わない言葉は、何の感動もなしに詰め込まれるわけです。
そういう言葉は上っ面な理解に留まってしまう。
そのうえ、その言葉が生まれてきた素晴らしい背景をも経験することがなくなる。
長い人生から見たら、とても損なことだと思います。

ところでこのダンモデ、ボーイスカウトのクリスマス会でのプレゼント交換でいただいたものです。
こういう機会がなければ、ダンモデなんて商品があることを知ることがなかったでしょう。
知らなければ、作る経験、完成させる感動もなかった。
それは新しい自分の可能性も拓かれなかったってことです。
新しい自分は他者からもたらされるんですよね。
他者からもたらされたもので、自分は形作られていくんです。
だから多くの経験、体験が必要なんです。
ボーイスカウトにも感謝ですねー。

2010年12月26日日曜日

恐いくらいでちょうどいい


こんにちは

「お子さんがワガママを言ったとき、どうなさっていますか」
三育小学校の面接の時、先生からこう問われました。
まあもう溌貴君はあまりワガママなことは言わないんですがね。
晶ちゃんは、「きちんと説明して、納得させるようにしています」と答えました。
ぼくは

 ぼくはそういうとき、説明なんかしません。
 ダメなものはダメ、と言って、取り合わないようにしています。
 子どもがいくら泣いて、地団駄踏んでも取り合いません。

と答えました。
先生は「厳しいですねー」とおっしゃいました。
すかさず溌貴君が「もうちょっと優しくてもいいんだけどね」と言って、笑いを取りましたがー。

ともかく、世の中には絶対やってはいけないことがあるんです。
それは理屈じゃなく、ダメなものはダメ。
説明不能なものだったりする。
幼児段階ではまだ論理も理解できないでしょう。
その上泣き叫んでいるときは、親の話なんか聞いちゃいないんですから。
だから、取り合わない。
自分で泣いてもダメなんだと自然に分かるまで待つ。

齋藤孝『やる気も成績も必ず上がる家庭勉強法』筑摩書房¥1400-にこうありました。

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やはり、男親は恐いぐらいの存在でないと、男の子には示しがつかないというか、あとで軌道修正ができないところがあります。
最近は友だち親子のような親子もはやっていますが、私はそれにハマり過ぎるのは、危険だと思います。
実際、現場の先生も”友だち親子”風のほうが問題児が多いといいます。(220p)
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友だち親子はぼくも嫌なんですよ。
子どもと親は対等じゃないし、対等であってはいけない。
親は親のやるべきことを、ある時は権威、権力を持ってやらなくちゃいけない。
子どもと対峙することも厭わない勇気が、親には必要だと思うのです。
それに友だち親子って対等じゃなくて、むしろ親が子どもの下僕化してるじゃないですか。
それが子どもをダメにしていると思うんです。

陰山英男『百ます計算の真実』学研新書¥740-にもこうありました。

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「キレる」子どもが社会問題になって久しいですが、子どもがなぜキレるようになったのか。
早寝早起き・朝ごはんができていない等、原因はさまざまで複雑ですが、そのひとつとして、「子どもにとって、怖いものがなくなった」ことが挙げられると思います。
かつて、子どもにとって大人は怖い存在でした。
先生は言うに及ばず、親戚のおじさんや、近所のおじさんに怒鳴られ、震え上がった経験を今でも覚えている方は多いのではないでしょうか。
ところが最近は、「子どもの心を傷つけてはいけない」と、おとなが及び腰になってしまった。
腫れ物を触るように扱われ、チヤホヤされ、子どもは怖いものがなくなった。
今の子どもは、「神様」「仏様」も怖くない。だから我慢できなくなってしまったのです。(122p)
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最新の脳科学でも、「Go-NoGo」問題がきちんとできるかどうかが脳の発達に関わっている、という結果になっています。
Go-NoGoとは、やるべきときにやり、やるべき時ではないときには自分を抑える。
特に、抑えることができるかどうか。
それを訓練することが幼少期の脳の発達には重要なんです。
NoGoが上手くできないと、Goも上手くできないんです。
抑えるところを抑えられるから、やるべきこと、やりたいことができるようになる。
やってはいけないことを抑えられないような人間に、何かをやらせようなんてできない。
社会はそういう仕組みになっているからです。

父親は恐いくらいでちょうどいいと思います。
こんなことをやったらお父さんに叱られる、子どもがそう考えるようになるといい。
そういう父親の方が、友だち親子の親より、結局は子どもにとって価値があり、子どもからも慕われることになる。
子どもってそういうことには敏感で、誰が自分のためになることをしてくれるのか、直感的に分かるんですよ。
もちろんずるくて、誰が自分の言いなりになるかも直感的に分かる。
親が怒ったとしても、親の都合で怒っているのか、子どものために怒っているのかも分かる。
まあ動物に近いですからね、子どもは。

2010年12月25日土曜日

居心地の悪い家がいい


こんにちは

我が家は完全注文住宅。
設計に1年もかけましたからねー。
住み心地抜群ですよ。
個室というものがなく、すべての部屋がつながっているんです。
家全体が一つの空間になっているんです。

その代わり、冬は暖房効率が悪いんですがねー。
今の時期、ちょいと寒い。
でもちょっと寒いくらいの方が、日本の家としてはよいと思っているのです。
夏は家の中は涼しいですよ。
今年は猛暑でしたが、エアコンもあまり使わずにすみました。

我が子たちも今のところ我が家がいいらしい。
大空間なので走り回れるしね。
押し入れに昇ってかくれんぼしたり、いろいろ遊べますから。
溌貴君は来年小学校入学ですが、勉強机も買いませんよ。
ダイニングの食卓で勉強すればいい。
小学生くらいの子どもは、親のそばで勉強したいんですよ。
勉強しているところを見てもらいたい、しっかりできたら褒めてもらいたい。
小学生は個室じゃ勉強する気にならないんです。
小学生くらいまでの子どもにとっては、家の中に常に家族の気配がある方が安心なんですよ。
その意味で我が家は最適な家だと思います。

でも我が子たちが中学生くらいになったら、居心地は悪くなるんじゃないかって思っています。
個室がありませんから、プライバシーなんかないわけです。
中学生にもなれば、自分ひとりで静かに物思いにふけりたくなるはずです。
そうなると、我が家は居心地の悪い家になってしまうのです。
それは必然であって、我が子たちの成長にとってよいことになると思うのです。

藤原和博『つなげる力』文春文庫¥552-にこうありました。

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はっきりいうが、ずっと居心地がよければ、子どもは大人になれないだろう。
成長の機会というものは常に試練とともにあるからだ。(130p)

私は、家も学校も、適当に居心地が悪いほうが子どもたちの自立を助けると信じている。
「負」の体験をごまかしたり、目をそらしたり、きれいにオブラートに包んだりして抵抗力のない人間に育てないでほしい。(131p)
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居心地が悪ければ、早く家から出て行きたくなるでしょう。
出て行くためには自立心が必要になり、いやでも自律しなければなりません。
自活するため、料理をしたり、掃除をしたりする技術も必要です。
もちろん、自分の生活費を自分で稼ぐことができなくてはなりません。
そういう能力は、居心地の悪い家にいた方が開発されると思うのです。
出て行くために、出て行っても困らないように、自分を鍛えるチャンスになるのです。

いつか我が子たちが我が家を出て行く日。
考えるだけで寂しく、かつ嬉しいことですよ。

2010年12月21日火曜日

タイミング・イズ・マネー


こんにちは

「ちゃんと何月何日と日付をはっきり言え!」
工程会議中、同僚(後輩)を怒鳴りつけてしまいました。
必要な書類を提出してもらう締め切り日を指示する場面。
後輩は「なるべく早く」とか言っている。
いらいらしちゃって、つい強く言ってしまいました。

ぼくは「締め切り日が明確じゃない仕事は仕事じゃない」と思っています。
だから「なるべく早く」なんてあいまいに言う奴は、能力が低いと思います。
前工程、後工程を考え、相手の事情、こちらの事情も勘案し、的確な締め切り日程を○月○日とビシッと言えてこそ、仕事力です。
日程をはっきりと指示できないのは、自信がないからです。
前工程、後工程を考え、相手の事情、こちらの事情も勘案することができない。
だから曖昧な言い方しかできないのです。

まあ、若いんだから仕方がない。
でも仕方がないに甘えちゃいけません。
自分なりに考えて、最後は勘でもいいから日付を明確にする。
明確にするから、たとえそれば上手く行かなくても経験値が上がるんです。
日程通りに行かなかったら、次への反省が生まれます。
自分の考えの何が至らなかったからスケジュールが狂ったのかを検討できるからです。
日程がきちんと決まっていなかったら、それさえできないんです。
腕が上がるわけがない。

それに日程がはっきりすると、作業するスタッフにとってもいいんです。
ゴールがはっきりするから、そこに向けて作業を段取っていくことができます。
曖昧な日程では、いつ何をやっていけばいいのかも曖昧になり、結局作業も遅れてしまうのです。
日程がはっきりするから、やるべきことも明快になる。

日程が決まっていれば、それぞれの思いに齟齬がなくなります。
「なるべく早く」は、人それぞれの解釈が成り立ちます。
こっちは来週くらいにと思っていても、相手は今月中ならいいやと思っているかもしれません。
そろそろ提出して欲しいと思っても、催促しにくい。
「なるべく早くって頼んだじゃないか」なんて催促しても、「え?それって今週までって意味だったの?今月中だと思ってまだ何もやっていないよ」なんてことにもなりかねません。
日程が明確なら前の週に、「来週が約束の期日ですよ。よろしくお願いしますね」なんて予告もできます。
そうすれば相手のエンジンもかかって、スケジュール通りに進めることができるんです。

時々、どのくらい進んでいるかをチェックするのもいい。
ちょっと遅れているようだったら、ボトルネックになっているところをその場で解決してあげられる。
資料が足らないのだったら補ってやる、やり方がわからなくなっているなら丁寧に説明してやる、マンパワーが足りないなら配置してやる。
日付が明確だから、進捗管理もできるのです。

だから、ある程度の年齢になった人が「なるべく早く」なんて言っていたら、こいつ厳しい仕事をしてこなかったな、と思って間違いありません。
日付を決め、そこに向けて自分やスタッフを追い込んでいく。
そういう仕事をしてこなかったから、いい年になっても「なるべく早く」なんて言うんです。
後輩にはそういうおじさんにはなってもらいたくないですからね。
ちょっと厳しく言っちゃったんですよ。
分かって欲しいな。

たいていの仕事は一つの仕事をスタッフたちと一緒にしています。
その意味で、一緒に大きな円を描いているのです。
ひとりひとりは、大きな円の円弧を描いているのです。
きれいな円にするためには、コンパスの針を中心にしっかりと突き刺さなければいけません。
針がずれると、きれいな円にはならず、がたがたな円弧になってしまう。

日付を明確にすることは、コンパスの針を中心にしっかり突き刺すことなんです。
スケジュールを守るって、結局のところそういうことなんだと思います。
やるべき時にやるべきことを確実にこなしていく。
タイミング・イズ・マネーだからね。
中心をずらさないで大きくきれいな円を描く。
それがみんなでいい仕事をしていくコツなんだと思うのです。


週末にXFEL動力盤改修を行いました。
日程を決め、そこに向けてスタッフ一丸になって追い込んでいく。
スケジュール通りに完了し、満足、満足!

2010年12月15日水曜日

誰もがリーダーになれるわけじゃない


こんにちは

11月に会社で受講した(義務!)リーダーシップ研修の講師の方から、こんなコメントをいただきました。

 関口さんは、明朗な人柄と積極的な働きかけにより周囲を盛り上げていける力を有しています。
 集団場面では、率先して飾り気のない発言をすることで場の参画姿勢を醸成したうえ、
 ユーモアあふれた発言によりチームのムードを高めることに貢献しました。
 ただし、ある程度の成果で満足し、より高みを目指すという言動は希薄でした。
 一方で対人場面では、面接で相手に気づきを与えることはできないという、
 自身の信念を貫き説得行為を選択せず、あたり障りのない面談に終始しました。
 最終的には、時間を大幅に残して自ら面談を取りやめました。
 今後は、自身の価値観に固執し過ぎたり、成果の獲得を途中であきらめたりすることのないよう、
 目標達成への責任感を今まで以上に高めてください。

嬉しいですねー。
ぼくが思う自分と、講師の方から見たぼくがほぼ一致しています。

この研修ではロールプレイなんてのをやったんですよ。
その課題は、成果は上げているけど会社の意向と違ったことをするスタッフに、会社の意向通りにさせようと、そのスタッフの上司に当たる人を説得する、というもの。
なぜ成果を上げているのに会社の意向に従わせないといけないの?
なぜその人本人じゃなくて、その上司を説得しなくちゃいけないの?
状況説明書を熟読しても、その意図がよく分からないし、納得できなかったんです。
自分で納得できないモノに対して、いくらロールプレイという仮想劇だとしても、熱を入れてやることはできませんでした。

というわけで、上のような講師の方のコメントになったわけですね。
ぼくのモットーは「創造的無能」。
強い部分だけじゃなく、意図的に弱い部分もつくっているんです。
ムードメーカーとしてチームをエナジャイズすること。
でも自分の意に反したことはしない。

このリーダーシップ研修って、参加者全員をリーダーにしようと思っているらしい。
この研修でも、自分の行動特性を心理学的に理解するという課題もありました。
DiSC理論では、人の行動特性を「D;主導型」「i;感化型」「S;安定型」「C;慎重型」に分類します。
このうちリーダーに向いているのは、D型かi型。ぼくはi型でしたよ。
人は誰でもこれらのモザイクですが、強い弱いがあります。
S型やC型が強い人は、D型かi型の特性をトレーニングで強めて、リーダーになろうというわけです。

でもね、誰もがリーダーになれるわけじゃないし、なりたいわけでもないですよね。
ある程度はトレーニングできるかもしれませんが、人間の根本の心理特性はあまり変わらないものです。
根本と異なることをやると、やっぱり苦しいので、長続きしないものです。
リーダーに向いていないのにリーダーを続けるのは辛いですよ。
短期間なら頑張れるかもしれませんが、いつかは破綻する。
結局のところ、会社の生産性を下げてしまうのです。
それは、本人にとっても会社にとっても不幸なことだと思います。

高橋俊介『スローキャリア』PHP¥1300-にこんな話が書いてありました。

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『盲導犬クイールの一生』という映画がある。かなり話題になったのでご覧になった方も多いと思うが、この映画でクイールを演じた犬は、ほんとうに盲導犬の訓練を受けた犬だという。
しかし現実にはトレーニングの最終段階で失格となり、ついに本物の盲導犬にはなれなかったそうだ。
技能が未熟など、訓練の過程で盲導犬になれずリジェクトされる理由は幾つかあるが、とくに動機に問題がある場合、その犬は盲導犬として長く続けることは困難なので、それがはっきりした時点でリジェクトされるらしい。
簡単に言うと、同じゴールデンリトリバーでも、相手のペースに合わせて歩くのに動機を感じるタイプと、自分のペースで走りまわりたいタイプの二種類がいて、後者だと、いくら技能はしっかり身についていても、人間で言えば自分を偽って働くことになるのでどこかに無理が来るし、なかには燃え尽きてしまう犬もいるらしい。
そうなると犬も人どちらにとっても不幸なので、早めに見つけてリジェクトするのである。
そして、今まではこのような犬のことをリジェクト犬と呼んでいたが、最近ではキャリアチェンジ犬と言い換えているそうだ。
盲導犬としての適正はなかったが、犬として失格というわけではないのだから、この言い換えはきわめて正しい。
こういう考え方は、人間の社会にもぜひ広めて欲しいものである。(210p)
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ぼくも犬だけの問題じゃないと思います。
訓練できる部分と、変わらない部分が人間にもある。
変わらないのは「動機」に関わる部分ですね。
これをやりたい、あるいは、これはやりたくない、という部分。
ここは生涯変わらない、変わりたくない、変えられたくない部分なんでしょう。
自分を偽ることになるからです。
短期間なら自分を偽ってでも成果を上げることができるかもしれませんが、継続は無理なんです。
楽しんでできないですからね。
だって、本当はやりたくないんですから。

一番効率的で生産性を上げられるのは、その人が楽しんでやれる仕事をしているときです。
それが「適材適所」です。
適材適所に配置することこそが「人事」なんだと思います。
だから、誰もをリーダーに育てよう、全員をリーダーにしようとしたら間違いの素だと思います。
自分自身でも自らが楽しんでやれる仕事ができるように、コントロールすることが大切だと思います。
もちろん楽しんでやれて、かつ会社にも貢献できることです。
そのポジションまでは昇進すること、そして、そのポジションに留まること。
それが「創造的無能」の極意なんです!


筑波細胞研究リソース棟も内装工事が佳境です。
現場は楽しいなー!

2010年12月13日月曜日

終了時刻を決めよ!


こんにちは

先週は筑波キャンパスに建設中の細胞研究リソース棟の設計変更清算処理をしました。
我が社の研究棟工事においては、補正予算などで設計期間が短すぎるためと、施工が始まってからも研究計画がちょこっと変わったりするため、設計図通りに造るわけにはいかないのです。
間仕切りを変えたり、コンセントを増やしたり、空調温度が変わったり、そんなことばかり。
なので最終的に工事費の精算をしないといけない。
でも財源は一定ですから、その枠内でやりくりする。
こういう事務手間も必要なんです。

ぼくらエンジニアは、右手で技術を、左手でお金を握っている。
技術だけ素晴らしくても、コストに見合ったモノを造らないといけない。
逆にお金儲けだけで、技術が伴わないモノもダメ。
エンジニアというと技術ばかり言う人のように思っているかもしれませんが、そうじゃなくて、お金の算段もきちんとできる人が優秀なエンジニアなんです。

で、その設計変更清算処理もやるタイミングがあります。
研究者からのリクエストを締め切ったあと、施工図や製作仕様書をFIXさせたあとにやるのは当然。
でもあんまり工期末までダラダラやってはいけないんです。
最後の仕上げ工事が忙しくなる前にやる。
人間の能力には限界があります。
工事もしっかり監督し、同時に事務処理もやるなんて、無理です。
同時にやっても、どちらも中途半端になっちゃいます。
工事も最後の仕上げが一番大切です。
その時期はスタッフたちに工事に専念してもらいたいんです。
だから最後の仕上げ工事に入る前に、事務作業を終わらせておく。
清算処理が終わってお金のめどがついていれば、安心して最後の仕上げ工事に取り組めます。
お金のめどがついていないと、職人さんたちに支払う賃金もアバウトなものになりがち。
金額が確定しないで働かされる職人さんの気持ちになってみましょう。
いくらもらえるかわからないなら、なるべく損のないように、手を抜くのは当たり前。
金額がきちんと決まっていれば、その金額に見合った仕事をするのがプロ。
施工もきちんとしたものになります。
こうなれば美しく、完成後のトラブルも少ない工事を完成させることができるんです。
つまり「タイミング・イズ・マネー」なんですよ。

打ち合わせや作業など、手帳に日時を記載します。
その時に開始時刻しか書いていない人が多いようです。
ぼくは予定を立てるときに、必ず「終わりの時刻」も決めることにしています。
筑波での清算処理事務でも、始めるときに「今日は4時のバスに乗って帰ります」と宣言しました。
「なので、午前中に強電関係を終わらせましょう」とね。
終わりの時刻を決めることによって、何をいつまでに終わらせなければならないか、目標がはっきりします。

ついでに言うと、ぼくは「持ち帰り仕事」は絶対にしません。
現地で完了させてしまうようにしています。
現地で終わらないなら持ち帰って、自社、あるいは自宅で仕事するなんて人もいます。
これ、効率悪いですよー。
自社や自宅では終了時刻を決める必然性がなくなるので、どうしてもダラダラ仕事になりがち。
それに現地じゃないと分からないことがあっても、見たり調べたりすることもできない。
すると仕事の品質までも落ちてしまうのです。
ともかく現地でやるべき仕事は現地でやりきるのが大切。
出張先での仕事なら、帰る時刻も決まっています。
終わりの時刻を意識しやすいので、仕事も合理的、効率的にならざるを得ない。
現地なので現物もあるから、それを見ながら検討もできる。
なので仕事の品質もよくなるんです。

梅森浩一『超絶!シゴト術』マガジンハウス\1300-にこうありました。

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できるだけ予定していた会議や打ち合わせでは、「先へ先へと進める」ことを心がけたいものです。
つまり、「次回予定していた打ち合わせ分まで、今回やっちゃったね」という状況をつくることが肝心です。
言い換えれば、それはあなたの有能さのアピールとも言えます。
その結果の”ごほうび”として、あなたが「今週、再度予定していた打ち合わせを取りやめて、来週行うことになった」としても、誰もがそんな変更を歓迎しこそすれ嫌がる人はいません。
つまり、「なにもしない時間」とは「一生懸命先にやってしまうからこそ生まれる」ということを、ここでしっかりと理解しておきましょう。 (113p)
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終わりの時刻を決めないと、いつ終わるのかあいまいになってしまいます。
終わる時刻が不明確だから、予定も午前1件、午後1件くらいしか入れられません。
すると、だらだらと打ち合わせや作業をすることになりがちです。
また、極端に早く終わっちゃって手持ちぶさたになる。
あまりに早く終わってしまうと、ダラダラしちゃうのもかっこ悪いから、しなくてもいい仕事をしちゃったりしてね。

終わりの時刻を決めると、より一日はビシッとします。
その打ち合わせや作業の内容を事前によく吟味して、終わらせるに必要な時間を見積もります。
ある程度の余裕を持って、終わりの時刻を決めます。
終わりの時刻を決めて、その後まだ必要十分な時間があったなら、別件も予定に入れられます。

打ち合わせや作業を開始したら、常に終わりの時刻を意識してバリバリこなします。
時間を意識した仕事は、合理的にならざるを得ません。
ほぼ見込み通りの時刻に終わらせることができるようになります。

時々は、数十分余る。
これを自分へのご褒美にするんです。
だらだらやって長い時間が余ってしまうと、後ろめたさが先に行ってしまい、どうでもいい仕事を始めざるをえない。
ところが、バリバリ一生懸命やって余った時間なら、気兼ねなく自分のために使えます。
ゆっくりコーヒーを飲んでもいいし、気になっていたことを調べるのでもいい。
非常に心に余裕が生まれます。
自分だけじゃなく、スタッフみんなの時間を生み出します。
時間のゆとりは心のゆとりになり、いい仕事につながっていきます。

手帳には終了時刻も書き込む。
仕事を始めるときに、終了時刻を宣言する。
ぜひ一度、お試しあれ!


SPring-8もすっかり冬の空になっていました。

2010年12月8日水曜日

心配するな、前へ進め!


こんにちは

今月もかなりハードワークです。
我が社で今、全国の事業所で建設中の研究棟は、どれも昨年度の補正予算での工事。
なので全部が年度内に完成させなくちゃなりません。
同じ時期での完成ですから、工事の山場も同時期に来ます。
今月は受電が集中しています。
電気設備工事にとって受電は最大の山場です。
電気が来ないと機器類の試運転調整ができない。
事故なく、安全に、スケジュール通りに受電させていかなくちゃ。
迷ってなんかいられません。
決めることはビシッと決め、ちょいと強引に各工事を牽引していっています。
時々「ちょっと勝手すぎる」なんてお叱りを受けることもあります。
でもそれはぼくにとって褒め言葉。
勝手とは自由闊達ってことですからねー。
勝手だろうと何だろうと、前に進まなくちゃならないんです。

どこの職場にも仕事が遅い人はいますよね。
そういう人はグータラで怠け者かというと、たいていはそんなことはなくて、真面目で一生懸命だったりします。
黙々と仕事をしているようですし、残業もしていたりする。
だけどアウトプットがなかなか出ない。
なぜ?

そういう人を観察してみると、黙々と作業しているように見えて、実際手はあまり動いていないんです。
どうやら悩んでいるらしい。
あれこれ一人で悩んだり迷ったり心配している。
作業をするより、そういう悩んでいる時間が長すぎるためにアウトプットにつながっていかないようなんです。

渡部昇一『思考の方法』海竜社\1400-にこうありました。

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人生で、心配したことの80%は起こらないという。
人生には、大小を問わず、いろいろな心配事がある。心配し始めたらきりがないほどだ。
しかし、その大部分は杞憂に終わるものらしい。こう考えれば、闇雲に心配することはなくなるのではないだろうか。残り20%が現実になったとしても、それはどのときだ。どんと構えていればいいのである。
そして、不思議なことに、そういう前向きな気持ちでいると、残り20%もたいてい現実にならずにすむものらしいのだ。
ときには、自分の力ではどうにもならないこともあろうが、大方は、気の持ちようでいくらでも防げるものなのである。
世の中には、「心配すること」を「考えること」と思っている人が多いように思う。
しかし、考えるとは、闇雲に心配することではない。
直面している問題について、建設的な考えを積み重ね、先の歩み方を編み出すことである。(188p)
###

何かをやろうとすれば、心配なこともたくさん出てくるのは当然です。
まして新しいことをやるときは、恐怖で足がすくむような思いもします。
だからといって立ち止まってしまってはいけません。

渡部さんの言うように、たいていの心配は「杞憂」に過ぎないわけです。
起こらないこと、起こる確率が低いことまで、あれこれ心配して考えるのは無駄。
それよりもリスクの高い心配事に集中した方が合理的です。
いくら考えてもわからない心配事だってあるんですよ。
その姿形がもやもやしていて、どう対処したらいいか分からないような心配事もあるわけです。
だからといってその場に立ち止まったままではダメなんですよね。
先ずはやり始めてみる。

やり始めると、心配事はその輪郭をクッキリさせてくるものなんです。
行動すると、モノゴトは具体化してくるんです。
もやもやしているから余計に心配になるんです。
輪郭がクッキリしてきたら、対処法も分かってきます。
調べたり誰かに聞いたりもできる。
そうすれば、心配事は消えていくもんなんだと思います。

リスクを避けるために心配するのは、人間に本来備わった力の一つなのは間違いありません。
でも心配しがいのある心配なのか、意味のない心配なのか、仕分けることは大切です。
意味のない心配に拘泥して立ち止まるのではなく、リスクを避けつつ動き出してみる。
動き出してみると周りの風景、すなわち諸条件も変わって見えてくるものです。
心配があるから前へ進めない、のではなく、前へ進むから心配も減っていくのだと、ぼくの経験上からも確かに言えることだと思っています。


和光キャンパスには一級河川である谷中川が流れています。小川なんですがね。
休日作業の合間に夕日を映した谷中川がふと目がとまりました。
あんまりきれいだったのでシャッターを押しました。
そんな心の余裕は無くさないようにしたいですね。

2010年12月7日火曜日

ツッパリ君はなぜそり込みを入れるのか


こんにちは

昨日は和光研に建設している脳センター新棟の受電でした。
ぼくはこの建物の電気設備の監督員ですから、責任者ですので、一日中ずっと立ち会いしました。
スタッフの人たちも段取りよく進めてくれたので、とてもスムーズに作業が進みました。

まあぼくもこの仕事を15年もやっていますし、電気保安を司る電気主任技術者の仕事も長くやりましたので、そりゃーちょっと不備なところも見えてしまいます。
以前だったら「おい、ここを直しておけ!」みたいに怒ったんですが、ぼくはもう「怒りキャラ」を卒業することにしたんです。
穏やかに「ここ直しておいてね」と言うようにしました。

最近はとんと見なくなりましたが、以前ツッパリ君たちは額に「そり込み」を入れていましたよね。
おでこの生え際にM字型にそり込みを入れる。
なんであんなことをするんでしょうか。

呉清忠『からだの取扱説明書』サンマーク出版\1600-にこう書いてありました。
著者の呉さんは台湾のエンジニアで、中国医学をエンジニアリングと見て人の体を説明している本です。

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多くの病気と同様、長期間の怒りの感情は体に痕跡を残します。
一見して性格が荒くて怒りやすい人は、多くの場合、頭部が薄くなり、もっとひどい場合は、頭頂部の形さえも変わってしまいます。
怒りの程度が軽めだと、前髪がM字型に薄毛になりやすくなり、このような人は短気な性格の持ち主が多いのです。
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なるほど、なるほど。
昔のマンガによく登場したハゲオヤジ。
よく怒っていましたよね。
頭から湯気を出し、こめかみに血管浮き上がらせて。
沸騰したヤカンのようにね。
つまり、ハゲは怒りのシンボルなんですね。
たしかにぼくの身の回りの人たちを見回しても、ハゲオヤジほど怒りっぽく、いつも何かに不満を持っていたりします。
つまり、ハゲだから怒るのではなく、怒るからハゲるのですねー。

で、往年のツッパリ君たち。
このことをシンボライズしていたんですね。
怒りのシンボル、短気であることをアピールするためにそり込みを入れた。
なるほど、納得です!

同書にはこうも書いてありました。

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中国医学による分析では、癇癪を起こしたとき、「肝臓の気」は上昇して頭頂部までの昇り、頭頂部を発熱させるので薄毛になりやすくなります。
怒りを激しく爆発させると、肝臓内で出血することもあり、さらにひどくなると吐血することさえあります。
この吐血は肝臓からの出血で、怒りの程度が軽いと肝臓内にたまり、時間が経てば血瘤になります。
これは読者の皆さんを脅かしているのではなく、事実なのです。
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うわあ、恐ろしい!
怒りはハゲを導くだけじゃなく、内臓にも悪影響を与えるんですね。
人生の折り返し点をすぎたぼくにとって人ごとではありません。
ぼくは孫の顔を見るまで長生きしたいんです。
ならば怒るのは止めよう、と決意したんです。

同書によると、直接的な怒りだけではなく、心の中にため込んでいる不満も体に悪いそう。
おとなしそうな人が、胃潰瘍や十二指腸潰瘍になったりしますよね。
その人はおとなしそうに見えても、内面で常にイライラを募らせている。
そのイライラが病気を呼び込んでいるのだそうです。

だから穏やかにハッピーに暮らさなくちゃ。
怒りキャラはもう卒業なんです。
実を言うと我が家はM字ハゲ家系なんです。
ぼくもかなりM字が来ちゃってます。
おまけに頭頂部の冷却能率も上がってきています。
怒りキャラを卒業することによって、これらの進行も遅らせることができるかもしれませんぞ!

先週末は神戸研に建設中のiPS細胞研究棟へ送電する高圧分岐引き出し工事立ち会いでした。
狭い場所での作業ですが、落ち着いて念入りに施工したのでバッチリでした。
もちろん、怒ることなく完了しましたよ。

2010年12月6日月曜日

学力の要は小学校にあり


こんにちは

最近、暴走族がいなくなったとおもいませんか。
もちろんいないに超したことはないんですが、ホント静かになっちゃいましたよね。
道路交通法が改正され、取り締まりが厳しくなったからということもあります。
でもそれだけじゃないんです。
最近の不良は、免許も取れないぐらい勉強ができないんですよ。
だからバイクに乗れないんです。
暴走族も、やり方は間違っていますが、ある意味社会への反抗、レジスタンスです。
レジスタンスするにも学力、知性は必要なんです。

旧ソ連や独裁国家で国民を粛正させるために、まず最初に知識階級を暗殺したり、強制労働所に送ったりします。
それは為政者にとって知識のある人が恐いからなんでしょう。
知識のない人々は革命なんか考えず、為政者の言うがままに働く。
従順でおとなしいわけです。
運命を受け容れ、流されるままに生きていくしかない。
でもそれでは国の発展もなくなってしまいますよね。

上田渉『勉強革命』マガジンハウス¥1400-を読みました。
上田さんは高校生の時、偏差値30から奮起して東大に合格した。
政治家になって人々の役に立ちたい、そのためには東大に行くのが近道だ、と考えてね。
で、上田さんはどういう方法で勉強したのかに、ぼくは興味があったんですよ。

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覚えるものをすべて文章にまとめて、それを音読するという基本的なテクニックはどの教科もすべて同じです。
読んで問題を頭に入れること。他人に説明するつもりで読むこと。
他人に説明できないということは自分も理解していないことになるので、それが一番簡単なチェック法になります。(34p)
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ひたすら基本事項を繰り返し音読することによって、理解し、脳に定着させていった。
オーソドクスでいい方法だと思います。
が、ぼくは気づきました。
「覚えるものをすべて文章にまとめて」というところです。
ここに至るまでに二つの段階を経ているのです。

1.何が重要か分かる
2.重要事項を要約する

これってすでに知性が備わっていないとできないことです。
だから上田さんは偏差値こそ30だったかもしれませんが、それは中高校の勉強をきちんとしていなかっただけ、覚えるべきことを覚えていなかっただけで、勉強の基礎は持っていたってことです。
そうじゃないと、何が重要かがわかり、それを要約することはできないからです。

この本を読み進めていくと分かりました。
上田さんはいわゆる中高一貫進学校に在籍していたんです。
つまり中学受験はしっかりやっていたのです。
小学校までで修得すべき事項は、十二分に身に付いていたのです。
ただ、中学に入って何のために勉強するのかがわからなくなり、親や学校への反抗、反動として勉強しなくなり、高校生になるときには偏差値30になってしまっていただけなんです。
なので、何のために勉強するかがわかったとき、今までの遅れを取り戻すことができたんです。
偏差値30から東大受験できるレベルまで強引に学力をつけなければならないからです。

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そこで、中学生用の参考書を買ってきて、授業中もひたすら自習することにしたのです。
何も分からないから、そのレベルからやり直したわけです。(43p)
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小学校までの基礎がある。
その上で情熱さえ持てば、こういうがむしゃらなやり方でも挽回できるのです。
でも小学校までの基礎がないと、あとからの挽回はとても厳しいですよ。
情熱を持っても、そのモチベーションを維持できないんです。
だって基礎がないから先に進めないからです。
中学の参考書からやり直しても、1日に何ページも読破していけるから、モチベーションも続くのです。
1日に1ページも進めない状況で、情熱を維持なんかできるものではありません。

陰山英男『百ます計算の真実』学研新書¥740-にもこう書いてありました。

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生徒指導において、もっとも重要なのは心の教育であるとか、あるいは子どもへの関わりであるとか言われていますが、実は違います。
まず必要なのは、小学校でやっておかなければならない学力をしっかり身につけさせることなのです。
そして、もう一人、大阪府教育委員会特別顧問として活躍していただいている藤原和博さんも、同じ思いをもたれています。
民間人校長として東京都杉並区立和田中学校に赴任され、「よのなか科」という、いわゆる総合的な学習を実践していながらも、やはりもっとも重要なのは小学校3~4年生までの基礎的な計算力などの、基礎基本の力だということをおっしゃっていました。(169p)
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中学では手遅れ。
藤原さんもそう言っていたんですね。
「よのなか科」という総合的な授業を楽しみ、自分の実にするためにも小学校で習う基礎基本は絶対に必要なんだって。
最近の子どもたち、若者、特に男子がおとなしい理由のひとつは、きちんとした基礎学力が身に付いていないからなんじゃないかって、ぼくは思います。
引きこもり、ニート問題の原因にも、基礎学力不足があるんじゃないかって。
基礎学力がないために、たとえ何かをやろうと思っても情熱を燃やし続けることが出来ず、すぐ挫折してしまう。
なので自分に自信が持てない。
自尊心のない若者が増えてしまったのではないか。

蔭山さんの師匠である100ます計算の生みの親、岸本裕史さんは「最低限の学力」をこう定義しています。

 ・運転免許が取れるか
 ・住民票を自分で書けるか

運転免許が取れれば、まず間違いなく仕事に就くことができます。
給料を得ることが出来、自活していくことができます。
住民票が自分で書ければ、すむ場所を自分で決めることもできるのです。
自分の能力を生かせる場所に、自分の意志で動いていける。
ならば自分の人生を自分で切り拓いていけるってわけです。
どちらも小学校で習う基礎学力が身に付いていれば可能なんです。

我が子たちに暴走族や革命家になってほしいとは思いません。
でも世の中を良くしていく変革者にはなってほしい。
そこまで行かないとしても、自分の人生を自分で作り出していける人間、自ら幸福を追い求めることができる人物になってほしいのです。
そのためには心身の健康とともに、きちんとした学力も必要ですね。
だからぼくは小学校が一番大切だと思っています。
親が手をかけれられるのは小学校まで、と思っています。
中学以上になったら、子ども自らがどうしたいのか、どうすればいいのかを決めなくちゃいけない。
小学校さえきちんと学び終えておけば、中学高校、はたまた大学、成人になっても、偏差値30からだって十分やり直すことができるんですから。

2010年12月5日日曜日

自尊心を育てる戦略


こんにちは

いきなりですが池田清彦『そこは自分で考えてくれ』角川学芸出版¥1400-から引用します。

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今の先生は夏休みも学校に行かされているらしい。
生徒もいないのに学校に行ってどうするのか。
クーラー代がかかるだけではないか。
学校がはじまれば、教育委員会とモンスターペアレントという二種類の敵に挟撃されて防戦を余儀なくされるのだから、夏休みぐらいゆっくりさせてやればよいのにと私は思う。
オレたちの税金でやとっている公務員である教員を遊ばせてなるものかと思っている非寛容な人が結構多いのかもしれないね(そういう人に限って税金を払ってなかったりしてね)。
しかし、人間は機械ではないから、いじめられればいじめられるほど、働かなくなるのである。
働いたふりだけはうまくなるかもしれないけどね。
かくして現場の教師をしめつければしめつけるほど、教師は真面目に働かなくなる。(32p)

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今や教師受難の時代ですね。
何かというと学校、教師に文句をつける親が増えている。
それもあまりに自分勝手な理由でね。
それで教育効果が上がるならまだしも、反って教師のやる気を削ぎ、教育効果を下げているとしか思えませんよ。
とても損なやり方だと思います。

子どもをダメにする育て方をお教えしましょう。
それは「お前はバカだ」「ダメだ」「もっとちゃんとしろ」と言い続けて育てること。
こう言い続けて育てると、確実にバカでダメでだらしのない子どもに育ちます。
なぜなら子どもの自尊心を破壊するからです。
親や教師は子どもをもっとしっかりと育てたくて、往々にしてこう言い続けてしまう。
善意で言っていると勘違いしてしまうのです。
でもこれ、逆効果なんですよ。

自尊心とは自らを尊ぶ心です。
他人から否定的評価を受け続ければ、自分を尊ぶ心なんか生まれるわけがありません。
その結果、「どうせぼくはバカなんだ」「ダメな奴なんだ」「生きる価値なんかないんだ」と思うようになる。
そう思い込んだ子どもが、ちゃんとしよう、しっかりしようと思うわけがありません。

もちろん時々は叱らなくちゃならないこと、子どもを正さなければならない時もありますよ。
そういうときはちゃんと叱る必要がある。
でも子どもの側に自尊心が育っているからこそ、叱ることも効果的になるのです。
自尊心のない子どもをいくら叱っても、のれんに腕押しになるだけです。

これは子どもだけではなく、大人だって同じです。
バカだ、ダメだ、ちゃんとしろと言われ続けて、やる気になる人間なんていません。
大人だから、叱られない程度に適当にやりすごすようになるだけです。
よくダメな部下をガミガミ叱るばかりの上司がいますが、これは部下をダメにしているだけです。
いい上司はたとえ叱ったとしても、結果的に最後は褒められるところまで部下を持って行っています。
ぼくのよく怒る元上司もそうでしたよ。

自分は最も大切な資源(リソース)ですが、何よりも大切なのは自尊心だと思います。
大人だって、自尊心を育み、守るために自分でも努力していかなくちゃいけない。
リスクを避け、致命的な失敗をしないよう注意して、小さくてもいいから成功体験を重ねる。
オレってなかなかやるじゃん、という気持ちを持てるようにする。
そしてやがては周りの人たちにも認められるようになる。
自尊心が高まり、やる気も十分。
心が健康になります。
すると身体だって健康にもなるわけです。

自尊心が満たされた人は、周りの人たちも大切にするようになります。優しくなるんです。
だって、周りの人たちは自分を助けてくれる人なんですから。
よりよく助けてもらうためには、周りの人たちの自尊心を損なうような言動は慎まなければなりません。
そんなことをすれば、反って自分が損であることが分かっている。
もちろん不正なことや邪悪なことには厳しく対処しないといけませんよ。
一部の人が不正である場合、それを放置すると、その他大勢の自尊心を破壊しますからね。

現代日本人の多は、人は厳しくすればちゃんとするものだ、と誤解しているようです。
それはたぶん、自分たちもそういう扱いを受けており、自尊心が破壊されているからなんかないか。
それで、他人も同様に扱ってしまう。
他人を粗末に扱うことによって、自分の不満を少しでも解消しようとする。
損得や合理性よりも、そっちを優先してしまう。
それは自らの自尊心がないからなんだと思います。
モンスターペアレンツと呼ばれる人たちは、そうなんだと思います。

さて、学校の先生の話に戻ります。
教育委員会もモンスターペアレンツも、自尊心を育むという重要な教育原理を知らないようです。
自尊心を破壊された教師はどうなるでしょうか。どういう行動を取るようになるでしょうか。
教師もモンスター化するので、当然、子どもたちの自尊心を破壊しようとするでしょう。
そのために子どもの些細な欠点ばかり見つけるようになるでしょう。
欠点をあげつらって、直接的には「バカだ」「ダメだ」とは言わないかもしれませんが、そういうメッセージを子どもへ送り続けるでしょう。
ああ恐ろしい。。。

我が家はこういう損なことはしないようにしたいです。
だって我が子たちを健全に育てたいから。
心も体も頭も健康にしたい。
だから我が子をよく褒め、褒めるに値するようなことをさせ、それが出来るように訓練する。
先生、近所の人たち、お友達など我が子を共に育てていく人たちも大切にする。
それが戦略なんです。

溌貴君は幼稚園のお遊戯会で「終わりの言葉」に大抜擢!
素晴らしい!

かわいげのある人になる技術


こんにちは

先週末、職場で餅つき大会を開催しました。共済会(互助会)主催です。
10年以上前までは毎年末の恒例行事だったんですが、しばらく途絶えてしまっていました。
衛生上の問題もあったり、何より勤務時間中にレクレーション行事をやるようなご時世ではなくなってしまったからです。
でもそれは寂しいこと。
やっぱり時には職場のみんなが集う機会があった方がいい。
同じ職場に勤めながら、知らない人ばかりというのは寂しいですよね。
まして我が社は研究所なので、こういう機会がないと人間関係は自分の属する研究室だけになりがち。
一緒に餅をついたり、食べたりして、顔見知りになる。
それで異分野の人とも知り合い、共同研究やキャリアビルドにつながることもあると思うわけです。

昔のように大々的にはできませんが、出来る範囲での開催。
退勤時間後、イベント会社などを活用して、去年から餅つき大会を復活させたんです。
ぼくが労組委員長を引き受けた大きな理由も、餅つき大会を復活させたかったから。
幸い去年ぼくは共済会の幹事にも選ばれました。
共済会会長である総務担当理事も餅つき大会を復活させたい意向もあったので、ぼくも実行可能なアイデアをあれこれ出しました。
最初は、衛生面がどうの、勤務時間がどうのと言っていた他の幹事も、最後は「労組委員長が協力するっていうなら、やってみましょうか」と言ってくれたんです。
やったー!

今年もなかなかに盛況でした。
1000人以上の人たちが集まってくれましたよ。
もちろんぼくは餅つき役を引き受けました。
我が家も家族で参加。
お餅を美味しそうに食べたり、幸せそうな顔をして会場を出て行く人を見て、我が妻も「よっちゃん、いいことしてるよ!」と褒めてくれましたよー。
ハッピーですねー。

さて、仕事をしていていつも思うことがあります。
いい仕事をしているように思える人と、できないように思えちゃう人がいる。
両者は、ほぼ同じ内容と質の仕事をしているにも関わらず、そう見えちゃうんです。
一方はできる人に、もう一方はダメな人に。
それは、アピールの仕方の上手い下手だとしか思えません。

たとえば、上司から何か仕事を頼まれたとき。
にっこり笑って受け取るか、嫌な顔をして受け取るか。
どうせやらなくちゃならない仕事なら、にっこり笑って受け取った方がいい。
その方が得をしますよね、当然。
嫌々引き受けてもらうより、喜んで引き受けてくれる人の方が好ましいのは当たり前。

あるいは、郵便局に行く用事があるとき。
黙って自分の用事だけしに行くか、行く前に一声「郵便局に行くけど何か用事ありませんか」とみんなに声をかけるか。
誰も用事がなかったとしても、声をかけてもらえば好印象を持ちますよね。

あるいは、難易度の高い仕事を任されたとき。
自分一人でヒーヒー言いながらやるのも大事ですが、ちょっと先輩に相談したりして手を借りちゃう。
人は誰かに頼られることが基本的に好きです。
頼られると自尊心を満たされるからかな。
そして出来る人ほど誰かから頼られるのが嬉しいんです。
頼られれば絶対に手を貸してくれるものです。
ついでに先輩の技を盗んじゃう。
そうやって自分の実力以上の仕事をやってしまうことができるんです。

要するに、「かわいげ」のある人の方が得をします。
かわいいと言っても、決して美人の若いねーちゃんの話じゃありませんよ。
いい歳したおっさんでも、かわいげのある人っているんですよ。
そういう人は、いい仕事をしているように見えちゃうんです。
課長とか部長とかかなり偉いポストの人でも、かわいげのある人はいます。
むしろ、偉い人の方がそういう人の存在割合が高いような気もします。

ハイブロー武蔵『ツキを絶対につかむ行動法則42』大和書房\1300-に、「可愛がられる要件」が書いてありました。

 ①「ハイ、わかりました」と素直に言える。
 ②笑顔が自然に出る。
 ③自分の仕事で手抜きをしない。
 ④自分の得することばかりを考えない。
 ⑤仲間、同僚に信頼されている。ウソをつかない。
 ⑥時間にルーズでない。相手の時間を気にすることができる。
 ⑦自分を成長させようという意欲が感じられる。(61p)

要は「誠実」にやることですね。
誠実って、相手の立場を尊重するということなんですよね。
だから人は、誠実さを好ましいと思い、かわいげを感じるものなんでしょうね。
ぼくも自分の仕事はもちろん、職場のみんなのため、もっと広く世の中のためになることも、自分の出来る範囲で誠実に一生懸命やって、かわいげのあるおっさんになりたいと思います。


我が息子、溌貴君、野依理事長とも写真を撮ってもらいましたー。
お隣はぼくの妹です。
ハッピー、ハッピー。

2010年12月2日木曜日

暇な人ほど忙しい


こんにちは

先日、社員食堂で他部署の人から声をかけられました。
「○○さんに△△について調べてくれるように頼んでいるんだけど、全然返事をくれないんだ」
調べて欲しいことの内容を聞いてみたらぼくでも調べられそうなことでした。
「それならぼくが調べておくよ」と返事をしました。
手帳を見て調査に必要な時間がとれる日を見つけ、期日の約束をしました。

約束通り期日に回答して「仕事を頼むときは忙しい人に頼むといいよ」と言いました。
その人は「だって関口君はいつ電話してもつかまらないからさ」だって。
確かにぼくはあっちこっちうろうろしていて、電話じゃめったにつかまらないのは事実ですが。。。

外山滋比古『子どもを育てる絶対勉強力』幻冬社文庫\495-にこんなことが書いてありました。

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ヨーロッパに、”忙しい人ほどヒマがある”ということわざがある。
忙しい人は集中して手早く仕事をしてしまうから、そのあとに、自由な時間ができる。
それにひきかえ、ありあまるほどの時間をもっている人は、ちょっとしたことでもダラダラしている。
いつまでも終わらないから、かえってヒマがなくなり忙しい思いをする。
そういう逆説を述べたものである。
『パーキンソンの法則』という有名な本に、こんなエピソードが出てくる。
有閑、富 裕なあるおばあさんが、姪のところにはがきを書こうと思い立つ。
姪は避暑先にいる。
アドレスをさがして20分。
文面を考えて45分。
書き上げた手紙を投函しにポストまで行くのに、洋傘をもっていくかどうかを考えて20分。
しめて1時間半近くかかる。
時間がいくらでもあるからで、忙しい人ならすべてが3分で終わる。
時間は必要だが、ありすぎると、よろしくない。
すくなくとも、あると思うのがいけないのである。(25p)
###

確かにぼくの周りの人たちを見ても、それほどの仕事量を抱えているわけじゃない人ほど「忙しい、忙しい」と言っている。残業も多いように思います。
スタートが遅かったり、段取りが悪かったり、集中力が悪かったりして、締め切りぎりぎりになっても必要な仕事が終わらない。
そんな仕事がいくつも重なってしまうので、忙しさが累積するという悪循環に陥っているのです。

それに対して、大量の仕事をバリバリこなしている人の方が、暇そうに見えたりします。
やはり、集中力と段取り力なんでしょう。
段取りよく集中してやれば、時間を合理的、有効的に使えますから、余裕が生まれます。
余裕ができれば、プライベートなことにその時間を振り向けることもできますし、新たな仕事にもチャレンジすることができます。
そうすればさらに能力も上がって余裕が生まれる、という好循環となるというわけです。


和光脳センターの新棟も外部足場が外れ、だんだん出来上がってきました。
忙中閑あり、であと一踏ん張りがんばっていこうと思います!

2010年11月30日火曜日

冬は乾く!


こんにちは

寒くなってきましたね。
子どもの頃アトピー性皮膚炎だったぼくは、今でも乾燥肌で、冬になると肌がバリバリに乾燥します。
これがかゆいのね。
かゆくてひっかくと、肌が白く粉を吹いたようになっちゃいます。
ホントに皮膚の表面から白い粉がパラパラと落ちていきます。
するとそこから血がにじんできたりして。。。
かかとの皮膚もぱっくり割れて、イマドキあかぎれ状態になったりします。イテテテ。。。
なるべくそうならないように、お風呂上がりに皮膚の保湿クリームを全身にたっぷり塗ります。
朝、出勤前にも全身に塗りたくって出かけるんです。
ホント、冬はぼくにとって嫌な季節です。

冬は空気が乾燥しますよね。
女性の方でも肌の弱い方は、唇が割れたりするでしょう。
それは空気が乾燥して、皮膚や唇から水分を奪っていくからです。
特に冬のオフィスの空気はカラカラだったりします。
ぼくの執務する事務所の湿度は20%くらいしかありません。
乾燥した空気は、風邪の素にもなります。
湿度40%以下になると、インフルエンザウイルスも活発になるんだそうです。

我が家のエアコンは、戸外の温湿度も測定してくれます。
それで測ってみると、冬でも外気の湿度は40%~50%もあります。
湿度としては十分あるんです。
なのになぜ冬のオフィスの空気は乾燥してしまうんでしょうか。

原因はエアコンです。
普通、湿度と言っているのは「相対湿度」のことです。
相対湿度とは、ある温度において最大限とけ込める水蒸気量に対して、今とけ込んでいる水蒸気量の割合を%で示したものです。
空気にとけ込める水蒸気量は、温度が高いほど多くなります。
つまり、温度が低い屋外の冷たい空気は湿度40%と言っても、そこにとけ込んでいる水蒸気の量はちょびっとでしかないわけです。

屋外の空気を取り込んで、エアコンで温度を上げます。
通常のエアコンは、温度を調節する機能だけを持っています。
温度が上がれば最大限とけ込める水蒸気量は増えますが、もともとあった水蒸気の量は変わりません。
よって、相対湿度は低下してしまうというわけです。
だいたい1℃温度を上げると、湿度は5%程度下がってしまうのです。
こうして部屋の空気はカラカラに乾いてしまうわけです。

乾いた空気は、たくさんの水蒸気を溶け込ませることができます。
ぼくたちの体からどんどん水分を奪っていってしまうのです。
それで肌が乾燥したり、唇が割れたり、あかぎれが切れたりするのです。

昔の石油ストーブやガスストーブの場合、エアコンでの暖房ほど乾燥しません。
なぜなら、石油や都市ガスが燃焼すると、燃料から水蒸気も作られるからです。
燃料が燃えることによって作られる水蒸気で、部屋の湿度は快適に保たれるわけです。
おまけに、ストーブの上にヤカンでもかけておけば、加湿はバッチリでした。
最近の石油ストーブやガスストーブの中には、燃焼ガスを直接屋外に排気するものもあります。
これだと室内の酸欠や一酸化炭素中毒の危険は避けられますが、燃焼して作られた水蒸気も屋外に排気されてしまいます。
なので、室内は乾燥してしまうので注意が必要です。

エアコンでの暖房は、さらにやっかいです。
エアコンでの暖房時は、つい温度設定を高くしがちなんです。
エアコン室内機は、たいてい天井や天井近くの壁に取り付けられています。
暖かい空気は軽いので天井近くにたまります。
すると、床近く、足下がなかなか温まりません。
ぼくの勤務する事務所で計測したところ、エアコンの設定温度が25℃のとき、エアコンから吹き出す空気の温度は35℃もありました。
なのに足下は16℃しかないんです。

事務所のエアコンのセンサーは、高さ1.5mの壁に取り付けられていました。
センサーの位置での温度が25℃になるように、エアコンは制御されているんです。
だからセンサー位置が設定温度になったら、エアコンは動作を止めてしまいます。
足下は寒いままになってしまうのです。
足下が寒いと寒さが和らぎませんから、エアコンの設定温度を上げることになります。
30℃くらいの設定にしちゃったりね。
こうすれば足下を20℃くらいになりますが、今度は顔のあたりが30℃近くになってしまいます。
顔、頭が熱くてボーッとしちゃいます。
おまけに高い気温で空気はカラカラ。
肌は乾燥し、唇がひび割れてきます。
こうなると、ちょっとやそっとの加湿器では湿度を上げることができません。
たくさんのエネルギーを使って室温を上げ、さらにエネルギーを投入して加湿し、それでも肌は乾燥し、のども痛めて風邪をひく。
いいこと何もありませんよ。

ともかく、冬のエアコンの乾燥対策で重要なのは、必要以上に室温を上げないことです。
ウォームビズでちょっと厚着をして、室温はほどほど、18℃くらいにする。
この程度の室温だったら、不足した湿度は小さめの加湿器でも十分補えます。
エアコンで足下が寒いままなのは、暖かい空気が天井近くに滞留してしまうからです。
この暖かい空気を足下まで持ってくるといい。
サーキュレータや扇風機で、室内の空気に流れを作ってやるのもいいことです。

ぼくの作ったスパコン棟の研究室は、床吹き出し空調を採用しました。
普通のエアコンは天井から空気が吹き出しますが、床から吹き出すんです。
計算科学の研究者ですから、床下に配線スペースが必要です。
この配線スペースを、空調ダクトとしても兼用するわけです。
空調機からの空気を高さ20cmの配線スペースに吹き込みます。
研究者が座っている近くの床には、吹き出し口があります。
人のいるそばしか空調しないので、とても省エネにもなります。
床下が空調ダクトになっているため、床全体も適温にすることができ、足下ぽかぽか床暖房のような効果もあります。
そのため、吹き出し空気の温度も25℃程度でよく、空気の乾燥も防ぎ、省エネにもなります。
いいでしょー!

2010年11月29日月曜日

ワークライフスリープバランス!


こんにちは

11月は忙しかったですよー。
今ぼくの担当している建設工事はみな去年の補正予算。
どれも来年2月か3月に完成させなくちゃなりません。
そこから逆算すると11月中に、高低圧盤など製作品の工場立ち会い検査を終えておかなくちゃならない。
それと平行して、施工図などもすべて完了させ、工事費の精算処理もめどを立てておかなくちゃいけない。
和光、筑波、神戸、播磨とあちこち同じ状況なんです。
出張も多く、仕事も錯綜していました。
それに加えて、プライベートでは長男のお受験。
出張から深夜に帰宅して、翌朝お受験面接に向かったりもしましたよ。
あー大変だったー。
この忙しさは12月も続きます。
今度は受電が12月に集中です。
受電は電気工事の要ですから、気が抜けません。
楽しく充実した日が続きます!

忙しい時期、ぼくが気をつけているのは当然ながら健康。
健康を害して倒れてしまっては困ります。
なんたってぼくの代えはいないんですからね。
そういう自負を持って、張りのある生活をしています。
で、健康のために一番大切なのは睡眠です。

吉越浩一郎『あなたはなぜ働くのか』大和書房¥1400-から引用します。

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少し前から「ワーク・ライフバランス」なんて言葉をよく聞くようになりましたが、その考え方でいえば「ワーク・ライフ・スリープマネジメント」が必要だと私は考えます。
特に日本人にとって必要な考え方です。
私が知る限り、忙しいビジネスマンが一番犠牲にするのが睡眠です。
遅くまで仕事をしていても、翌朝は同じ時刻に出社するのですから、睡眠が削られるのも当然です。
「若いうちは多少寝なくても大丈夫」と思っている人も多いでしょうが、知らず知らずのうちにそんな習慣が身についてしまい、体を犠牲にする生き方に慣れてしまいます。
たしかに、若いうちは大丈夫かもしれませんが、そう思っているうちにその習慣から抜け出せなくなってしまうのです。(32p)
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人間の脳は最低でも5時間眠らないと、元気が回復しません。
これは科学的事実です。
5時間以上眠らないと、脳波は酩酊状態と同じようになってしまうのです。
酩酊状態とは、思考力、判断力が鈍ってしまう状態。

交通事故でも、酒酔い運転と共に最も危険なものは居眠り運転なんです。
居眠りが危険なのは当然ですが、睡眠不足による判断力が鈍ってしまうことが事故につながる。
酒酔い運転は取り締まることができますが、睡眠不足は計測ができないので取り締まれない。
それが交通事故が減らない大きな理由であると、ある本に書いてありました。

普段の仕事でも同じなんです。
ちゃんと眠って脳を回復させないと、思考力、判断力が鈍って、いい仕事はできませんし、事故の素にもなる。
仕事が佳境の時は残業もしなければならないけれど、最低5時間の睡眠時間は確保できるように段取る。
そうしないとせっかく残業しても効率が落ち、意味のない残業になってしまいますから、反って損なんですよ。
睡眠不足は、正規の労働時間中の効率も落としてしまいますから、まったくもって損失以外の何ものでもない。

陰山英男『百ます計算の真実』学研新書¥740-にはこうも書いてありました。

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三池輝久さんという小児発達学の先生が、不登校は睡眠の不良からくる体調不良なのだと発表しました。
慢性疲労症候群、つまり睡眠不足によって子どもたちの生物的な自立能力が非常に弱ってしまい、体内時計が完全に狂って、朝きちんと起きられなくなる。
それが不登校の重要な原因だと唱えたのです。(83p)
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睡眠不足、睡眠不良は心にも悪い影響を与えます。
子どもは脳がまだヤワラカイので、ダメージも大きいんでしょうね。
不登校の重要な原因が睡眠不足だという事実にはびっくりです。
小学生なら最低8時間は眠らないとね。
きちんと朝6時に起きるとすると、遅くとも10時には眠る。
塾通いするとしても、そこは外してはいけないんです。
名門灘中高の先生は「たっぷり眠れ」と指導するそうです。
睡眠を削ってまでの勉強に意味がない、反って害悪が大きいことを知っているからでしょう。

大人も子どもも、いい人生のためにはワークライフ&スリープバランスが大切なんです。
よく眠りましょう!


先週土曜日は和光に建設中の脳センター新棟の高圧ケーブルを特高変電所に接続する工事でした。
厳しい工程の中ですが、スタッフもまあまあ十分な睡眠が取れるように段取っていますから、頭脳はクリアなんです!

紅葉が鮮やかな理由


こんにちは

土曜日、和光研で脳センター新棟の高圧ケーブルを特高変電所に接続する工事の立ち会いをしました。
和光キャンパスもすっかり晩秋のたたずまい。
仕事のついでに銀杏や桜の紅葉も楽しめましたよ。
休日作業もなかなか悪くないものです。
しかしなぜに紅葉はあんなに鮮やかな色をしているのでしょうか。
家に帰って調べてみました。

紅葉の色は、アントシアニンという赤紫の色素の色です。
実はこのアントシアニンは蛍光性の化合物なのです。

私たちがものを見るということは、ものからやってくる光を見ているのです。
ものからやってくる光には、次の三つがあります。

1.反射した光
2.透過した光
3.そのもの自身が発した光

この中で最も鮮やかに見えるのは、3,そのもの自身が発した光です。
反射した光、透過した光はちょっとくすんで見えます。
映画はスクリーンに光を当てて反射させますが、くすんでしまうために真っ暗な部屋で映写し、相対的に鮮やかさを増すようにしています。
液晶テレビは液晶パネルを透過した光を見ていますから、少しでも鮮やかに見えるようバックライトの輝度を上げています。
最近、道路の信号灯はLED=発光ダイオードのものに置き換えられています。
これはLED自身が発した光のためとても鮮やかにはっきりと見えるためです。
昔の信号は内部の電球の光を赤や緑のガラスを透過させたものだったので、特に日中明るい場所ではよく見えないこともありましたね。

さて、紅葉の色の素であるアントシアニンは、蛍光性化合物です。
蛍光ペンの色と同じ色素です。
蛍光性の物質は、その分子に当たった光をいったんエネルギーとして蓄え、それからその分子固有の光を発します。
だから蛍光ペンで塗った場所は、鮮やかにくっきりと見えるのです。
それと同じく紅葉した葉にある蛍光性物質であるアントシアニンは、そのもの自身が光を発しているのです。
よって、アントシアニンを含んだ紅葉の色は、目にも鮮やかな色に見えるというわけです。


和光キャンパスの紅葉の様子です。
キレイ、キレイ。

2010年11月28日日曜日

相生名物「うまいか」は美味い!


こんにちは

SPring8出張の帰りに必ずこれを買って帰ります。
SPring8の最寄り駅、相生にある湊水産製のいかフライ。
いかフライっていったって、そんじょそこらにあるものと違いますよ。
これがめちゃくちゃ美味いんです。
我が家は、妻も子どもも大好きです。
二袋買って、ぼくも帰りの新幹線の中で本を読みながらつまむ。
サイコーですぜー。

相生名物「うまいか」
http://www.minato-umaika.com/product_umaika.html

おやつによし、お酒のつまみによし、ごはんのおかずにもなっちゃうんです!
今回、これを共同購入したいと思います。

うまいか 1kg入 \1890-
     360g入   \840-

送料が740円なので、同僚、お友達と一緒に注文するといいと思います。
オススメします!

安心が信頼を生む


こんにちは

神戸に建設中のiPS細胞研究棟の電気工事の若い現場代理人さんからメールが届きました。

 本日予定通り、無事キュービクル等の搬入が完了しました

おお、よかった!
iPS細胞研究棟は敷地の奥まった場所での工事なので、資材の搬入も手前にある渡り廊下越しの作業になります。
キュービクルという高圧変電設備のような重量物は、渡り廊下の手前でクレーンで吊って、渡り廊下の上を越えてiPS細胞研究棟屋上へと持ち上げます。
途中で落っこちてしまったら、そのものが壊れるだけじゃなく、渡り廊下まで壊してしまいます。
やはりヒヤヒヤした作業でしたので、ぼくも心配していました。
なのでこのメールでとても安心しました。

ぼくは同僚や施工スタッフたちに繰り返しこう言っています。

 一番のサービスは客を安心させることだよ

って。
客とは狭義な意味ではなく、自分と関わるすべての人という意味です。
これらの人たちに安心感を与えられるから、協力もしてくれる。
そうなれば仕事はスムーズに進むし、自分のやりたいことがよりやりやすくなっていく。
不安にさせられたら誰だって協力しようなんて思えないですからね。

不安が募ると「不信」にもなってしまいます。
不信感が強まると、そのリカバーには相当なエネルギーが必要になってしまう。
そこまでいく前に不安感を取り去る、与えないことが大切だと思っています。

人生とは自分の信頼度(クレジットレベル)を上げていく過程だと思います。
いきなり信頼度は上がりません。
一つ一つの仕事を誠実に完成していくことを通じて上げていく。
そうやって信頼度を上げ、周りの人たちを安心させ、ハッピーにしていく。
その意味で、iPS棟電気工事の若い代理人さんは合格ですね!
信頼度がアップしましたよ。

『致知』07.11月号に、住宅メーカーの営業マンの田中敏則さんのインタビューが載っていました。

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営業のプロとして、絶対に貫いていただきたいのは、お客様の不安感を速やかに解消してさし上げるということです。
お客様はその節目節目において常に不安感とか、不信感を抱かれるものです。
住宅で申しますと、着工、竣工、契約、後はメンテナンスなどいろんな節目がございます。
そこでお客様が抱いておられる不安感を、速やかに解消してさし上げるのが、プロとしての道であると私は思っております。
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田中さんは口べたな営業マンだそうですが、安心感を客に売ることによって、住宅も月3棟コンスタントに売れるのだそうです。
安心だったお客さんが、知り合いを紹介してくれる。そういうお客さんの連鎖ができるので、売れ続けていくわけです。

田中さんの営業のコツも「安心感」。
安心感を与えるために、田中さんもマメにお客さんと連絡を取り合うそうです。
安心は信頼を得るための近道でもあるんですね。
お客さんからクレームが来る前に、「どうですか?」と電話を入れる。
何か不具合があっても、先に聞いてもらえると言いやすいし安心ですよね。

ぼくも真似していきたいと思って実践しています。
出張に行っても、仕事が終わってすぐ帰ることはしません。
30分でも1時間でも現場をふらふら見て歩きます。
あるいは、ぼくは昼飯を食べる習慣がないので昼休みを活用して歩き回る。
建設中の現場なら、ちょいとやばい施工がないか見る。
職人さんたちに挨拶し、ちょこっとお話しする。
完成した建物なら、どんな風に使われているか見る。
研究者の方たちとおしゃべりする。
そうやって問題がないかどうか早めに発見するようにしているんです。

それもこれも安心のためですね。
完成前にやばいところがないようにする。
それによって施工している人にも安心してもらう。
完成してからやり直しがあると、手間もお金もかかりますから。
完成後も使う人に安心してもらう。
完成後使いにくいって話は、たいていは使い方がよく分からないから。
設計意図を説明して、使い方を教えてあげれば、80%くらいのことはその場で解決。
直さなきゃならないところがあれば、即手配する。
そうやって安心してもらうわけです。
たとえ不具合があっても、即直すことができれば、反って感謝されたりもするんですよ。


iPS研究棟の建設現場はこんな厳しい場所なんです。

2010年11月27日土曜日

新巻鮭なら西別産!


こんにちは!

お正月といえば新巻鮭。
新巻鮭といえば北海道。
北海道産新巻鮭の中でも最高級品が、この別海西別産。

別海漁協
http://www.aurens.or.jp/hp/betsugyo/

特に昔ながらの製法で作った「献上造り」は絶品。
毎年すぐに売り切れてしまいます(今年ももう売り切れでした。。。)

まだ入手可能な「甘塩造り」もなかなか美味いですよ。
しょっぱい味、お茶漬けの好きな方は「山漬造り」もよろしい。
オススメします!

パートナーでありたい

こんにちは

よくいますよね、業者さんに対して合理的理由もなく値切ったり、たいした欠点でもないのにねちねちと大げさに文句を言う人。
それってかなり格好悪いんですけど。

もちろん、ふっかけた見積だったり、市場価格からみて不適当だったりすれば、値切るのは当然です。
値切ると言うより、適正な落としどころを探る、ということでしょうか。
でもそうじゃなくて、自分の権力を誇示したいがために、無理な値切り方をする人もいるんですよね。

欠点だってそうです。
いくら適切に品質管理された工場製品でも、時には不良品もあるのは必然です。
不良品を0にするような検査をしてしまうと、製品価格がとても高額になってしまうわけです。
不良品率と価格をバランスさせているのが、今の工業製品なんです。
不良品がある程度混入することを織り込んであるものなのです。
要するに「歩留まり」ですね。
だから不良品だった場合、適切に直したり、迅速に交換してくれればそれで済むはずなんです。
それをネチネチとやっても、それは権力誇示以外のなにものでもありません。

だいたいこういうねちねちおじさんって、自分の会社の中ではあまり評価されていないんです。
男には「権力欲一定の法則」が働いていて、どこかで自分の権力をふるいたいと思っているんですね。
社内的に認められていて、権力欲がある程度でも満たされていれば、業者さんにも優しくなれるはずです。
そうじゃないから、弱い立場の人に対して権力欲を満たそうとするわけです。
ドメスティックバイオレンスに陥るおじさんも、たいてい社会的に認められておらず、そのはけ口として家庭内での弱者である妻や子どもに暴力を向けることは、精神医学的にも証明されていることなんです(え?妻は弱者じゃないって??あはははは)。
ぼくはそういう中年オヤジになるのは嫌です。
だから、自分の腕を磨き、適度に出世し、活躍の場を確保し、社内的にも人望を築けるよう努力もしているわけです。

松永真理『iモード以前』岩波書店\1400-から引用します。

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社内で編集が何であるかを教えてもらったことはなく、外部の方たちこそが編集の師匠であった。
後に私がドコモに転職した時、外部スタッフに対して「発注」という言葉を使うのがずっと馴染めずにいた。
仕事を知らない新人までが頼んであげてるんだと、スタッフを業者扱いする。
相手より自分が一段高いと思うつまらないプライドが、仕事をつまらなくする元凶だと感じていた。
「発注」ではなく「依頼」、「業者」ではなく「パートナー」である。(59p)
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あー、ぼくも同じですよ、松永さん!
ぼくも今の職場に入った15年前、具体的な仕事を教えてもらったのは、ぼくが初めて手がけた研究棟の現場代理人だった方からなんです。
ほぼ無経験で始めた仕事でしたが、この方に基礎から教えてもらえたので非常に助かった。
その時からぼくも、発注者と業者という上下関係ではなく、一緒にいい仕事をしていくパートナーだと思っているのです。

松永さんはこう言います。

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人は、他人から認められると嬉しい。
人は、やったことがカタチになると嬉しい。
人は、自分なりの工夫を凝らせると嬉しい。
人は、自分の意見が受け容れられると嬉しい。
人は、生きている実感を感じられると嬉しい。
人は、新しいことを知ることができたら嬉しい。
人は、時間がたつのを忘れて没頭できると嬉しい。(151p)
###

人は仕事をして嬉しいとき、いい仕事ができるんだと。
それにはパートナーが必要です。
出会った途端にパートナーになるなんてことはありません。
お互いに徐々にでも信頼(クレジットレベル)を高めていって初めてパートナーになれるわけです。
だからいたずらに不信感を強めるようなことはしてはいけない。

もちろん、発注者側と受注者側という立場に対する節度は必要ですよ。
馴れ合うのではなく、不当なことには正々堂々と不当だと言い切れることも大事。
ハッキリ言える関係もパートナー足りうる条件じゃないでしょうか。

お互いパートナーとして認め、パートナーとして認められる。
つまりお互い尊敬し合う関係。
そういった関係を築いていければ、仕事は楽しくなりいい仕事ができるようになるんだと思っています。

美味くて安い干し芋ならこれ!


こんにちは!

秋も深まってきましたねー。
冬の味覚といえば「干し芋」です。
本場茨城の干し芋は美味いですよー。
我が家の秋から冬のおやつはコイツが定番です。

永井農園の干し芋
 平干し芋 ¥1450-/kg(税込み)
 丸干し芋 ¥1650-/kg(〃)
http://www33.ocn.ne.jp/~nagai_nougei/index.html

冷蔵庫なら1ヶ月くらい、小分けにして冷凍すれば3ヶ月くらい保ちます。
でもたぶん美味いから、あっという間に無くなっちゃいますけどねー。

ただし送料がだいたい¥1500くらいかかります。
なので、同僚やお友達と一緒に注文するといいと思います。

これからの季節、コタツに入って本を読みながら、干し芋三昧!
サイコーですぜー。

2010年11月23日火曜日

ミッションスクール


こんにちは

溌貴君満6才のおたんじょう日に受験した第2志望校から、合否通知が届きました。

 みごと合格!

でしたー。
あーよかったー。これで親も一安心です。
第1志望校からの補欠繰り上げのあるなしに関わらず、ともかく入学する学校が決まった。
家族中とてもホッとしています。
2次募集での受験でしたから難関だったと思います。
溌貴君、よくがんばったね~。

その学校とは、東京三育小学校というキリスト教系の学校です。
各学年1クラス、1クラス25人というとてもこぢんまりとした学校です。
小さい学校なので、とても眼の行き届いた丁寧な教育をしてくれます。
学力だけでなく、宗教教育を通じての心の教育もしてくれますしね。
何度か学校見学をして、そこは気に入っていました。

でも第2志望としたのは、この学校に行くと中学受験が必須なんです。
系列中学校はありますが、全寮制でそこに入るのはほぼ信者のお子さんだけ。
7~8割の生徒は中学受験して他の学校に行く必要があります。
中学受験は精神的にマセた子どもが有利。
精神的に幼い男の子には向かないんです。
溌貴君もきっとオクテだと思いますしね。
三育小学校はいい学校なんですが、そういう意味で第1志望にはしなかったわけです。
とは言え、高学年になって同級生たちが中学受験準備を始めたら、溌貴君もそれに感化されて勉強するようになるかもしれません。
それはそれでいいことかもしれませんしね。

ところでキリスト教系の学校を「ミッションスクール」と呼びます。
ミッションは英語のmission=作戦という意味です。
ミッションインポッシブルのミッションと同じ。
ミッションには「使命」という意味もあります。
キリスト教系の学校には、使命が与えられているのです。
それはキリストの教えを世の中に広めるための使命ですね。

ミッションスクールは進学校が多いです。
キリスト教の教えを通じた人間教育はもちろんですが、勉強もガッチリやらせる。
それはなぜか。
ミッションがあるからなんですよ。
誰だってくだらない人間からは影響されないものです。
影響されるのは、立派な人からというのが常識です。
だからキリストの教えを広めるという使命を持った生徒たちを、立派な人に育てなくちゃいけないわけです。
そうやって社会の中心に人材を送り込む。
優秀で立派な人の行いは、人々を感化していくわけです。
それがミッションスクールの使命であり、作戦なんですね。

溌貴君も優秀で立派な人になってもらいたいですねー。

2010年11月22日月曜日

溌貴君、満6才になりました!


こんにちは

昨日11/21(日)は溌貴君の満6才のお誕生日。
ようやく6才かー、という気持ちと、もう6才になっちゃったのかー、という気持ちが両方同時にしますよ。
すっかり少年のようになりました。
家のお手伝いもするし、としきくんのめんどうもよく見るし、おじいちゃん、おばあちゃんにも優しいし、いい子に育っていると思います。

お誕生日にぼくら親からは、お誕生カードを贈りました。

 はつきくん、6才のおたんじょう日おめでとう。
 いつもおてつだいをしてくれて、とてもたすかります。
 ありがとう。
 心も体もぐんと大きくなりましたね。
 たくましくてやさしいはつきくんが、大・大・大だ~いすきだよ。
                  お母さんより

 はつき君、おたんじょう日おめでとう!
 楽しく愉快な子どもに育ってくれて、とてもうれしいよ。
 もっともーと大きな人間に成長していってくださいね。
                  お父さん

今年からは、幼児期から少年期に脱皮の時期だと思います。
来年4月から小学生になり、行動範囲も人間関係も広がります。
徐々に困難なことも増えていくでしょう。
基礎基本を疎かにせず、自尊心を身に着けて、一つ一つ乗り越えていってほしいと願っています。
たくさんの「ありがとう」を集め、いつも笑顔でいられる人生を築いていってほしいですね。


ところで溌貴君のお受験の状況報告です。
筑波大附属小の抽選が先週木曜日にありましたが、残念ながらハズレ。
未だ補欠合格だった第1志望校からの連絡はありません。
なので第2志望校も昨日受験してきました。
さてさてどうなりますかー。
とても楽しみです!

2010年11月21日日曜日

日本の技術はすごい!

こんにちは

今年秋のスパコンの世界ランキング、top500が発表されました。
http://www.top500.org/list/2010/11/100
世界一は中国マシンでした。
3位も中国マシンですから、中国は大躍進ですね。
4位に日本の東工大ツバメ2が入ったのは嬉しいですね。
以後、ずーっと日本のマシンはなくて、33位にようやく原子力機構のマシンがランクイン。

もう少しランキングを見ていくと、我が理研の「京」も170位にランクイン。
初登場で170位はすごいでしょ。
しかも計算機たったの数台での成果なんです。
それで48テラフロップス!
かつて世界一だった地球シミュレータの性能を上回っています。
最終的には800台以上の計算機が設置、接続されます。
きっと世界一間違いなし!

数年前、教員仲間と子ども向けの理科の本を出版しました。
玉井裕和・宮内主斗編『役立つ理科こばなし 1.ものの世界の探検』星の環会\1260-という本です。
読者対象は小学校高学年。
小学5,6年生にもなると、思考力は大人と同じくらいある(足りないのは知識だけ)とぼくは思っているので、遠慮せずに高度なことを書きました。
一つのテーマで10ページありますから、かなりつっこんだ解説が書けました。

ぼくの原稿では、我が職場理化学研究所で発見(合成)された113番元素の話なども盛り込みました。
また世界のトップを走る光学望遠鏡「すばる」についても書きました。
もちろん表現や漢字の使い方は配慮してあります。
理科好きの男の子って、国語はからきしだったりするから(ぼくもそうでした^^;)。

すばる望遠鏡の稿では、大口径の反射鏡を支える「能動光学系」についても触れました。
直径8mもあるすばるの主鏡の厚さは、たったの20cmしかありません。
薄っぺらいんです。
だからそのままでは重力によってゆがんでしまって、使い物にならない。
それを解決するのが「能動光学」。
ゆがんだら、鏡の後ろについている何本ものアクチュエーターという機械の腕で、押したり引いたりしてゆがみを直してしまう。

その制御装置を開発したのが三菱電機という日本のメーカー。
その技術はすごいものです。
望遠鏡を動かす度に鏡のゆがみ方が変わりますが、あっという間に直してしまう。

そしてどっちの方向に向けたらどれだけゆがむかを記憶して、同じ方向に望遠鏡が向いたらそのデータを元にささっとゆがみを直す。
だからすぐ観測に入れるってわけです。

原稿では触れられませんでしたが、すばるの追尾装置も高精度です。
地球の自転によって、星の位置はどんどん変わっていってしまいます。
遠くの暗い星や星雲を観測するには、長時間カメラで露光しなければなりません。

すばるの追尾装置は、星が動いてもぴたっと着いていきます。
別に日に同じ星を観測するときも、自動的にその星の位置まで望遠鏡の先を向けることができるのです。
この追尾装置も三菱電機が開発したものです。

ぼくは原稿の中に「三菱電機」という社名を書きました。
それに対して編集者から<<「三菱電機という」固有名詞を省いた方がよいのではないかと思います>>というコメントが入りました。
それに対してぼくは具体的な会社名を書いた理由を以下のように述べました。

 具体的なメーカー名があった方が、子どもの興味を惹くと考えました。
 TVコマーシャルなどで社名を聞く度に、「あ、すばる望遠鏡のアクチュエーターを開発した会社だ」と思う。
 その度に「日本の技術ってすごいんだよな」って子ども達に思って欲しいと願っているのです。
 具体的なメーカー名がないと、この話はこの本の中で完結しちゃうと思うのです。
 広がりが少ない。

編集者の方も理解してくださり、そのまま本に印刷されました。

別にすごいのは三菱電機だからじゃなくて、他にも世界のトップレベルの技術力を持つメーカーは日本にたくさんあります。
ただ、名前が知れていて、テレビなどでよく目にするメーカーとして三菱電機を取り上げたに過ぎません。
ぼくの意図が、うまく子ども達に伝わると嬉しいですね。

ちょっと心配なのは日本の中に工場がどんどんなくなっていること。
つまり、ものを作る現場がなくなっている。
たとえば、すばる望遠鏡の架台を日本で製作して仮組みして試験したのは、大阪の日立造船の工場でした。
元々はでっかい船を造るための工場でしたが、船を造ることはほとんどなくなっていて工場は空いていたので、すばる望遠鏡を組み立てることができたのです。
でもその工場は今、ユニバーサルスタジオジャパンに変わっちゃっています。
ものを作る場所と技術は、対のものです。
ものを作る場がなくなることは、すなわち技術もなくなることを意味します。
スパコンもそうですね。

「京」の心臓部、CPUは富士通独自につくったものです。
このCPUが完成してから1年半経ちましたが、未だ消費電力あたりの計算性能では世界一です。
こういうすごいものを作る技術が日本にはあるんです。
それを無くしちゃいけませんよ。

この本を読んだ子ども達が大人になる頃にも、まだ日本の技術は世界のトップを走っていることを願っています。
そしてこの本を読んだ子どものうち何人かが大人になって、夢や希望を持って技術者や科学者になってくれ、日本の科学技術を発展させてくれることを願っています。
子どもたちが成長するまで、日本の科学技術を維持、発展させていくために、ぼくも貢献していきたいと思っています。
目指せ、世界一!!

2010年11月16日火曜日

100点より価値ある合格点を目指せ!

こんにちは

こういう思考実験をしてみましょう。

ある先生が子どもに漢字を覚えさせるために漢字テストをやってみました。
あらかじめ20文字の漢字を指定し、授業や家庭学習で十分練習させた。
テストをやってみたら、最低点の子は60点、12文字の正解でした。

どの子にも100点を取らせたいと思った先生は、今やったテストの結果から「問題数を10問にすれば全員が100点になるだろう」と予想しました。
だって20問のテストで最低点の子どもでも12問正解できたからです。

ところが実際に10問のテストを実施してみたら、全員が100点ということにはなりませんでした。
やっぱり最低点は60点、6問の正解でしかなかったのです。

なので、さらに問題数を減らし、1問だけのテストにしてみました。
1問だけならどんな子でもしっかり覚えて来て100点取れるに違いないと。
1問だけのテストを何回か実施してみました。
すると全員が100点の日もあるけど、やはり間違える子どももいる。
つまり0点ですね。
テストを何回か繰り返してみて、最低点を取る子の平均を計算してみると、やっぱり60点くらいになる。

これはただの思考実験ではありません。
「現実」なんです。

筑摩書房のPR誌『ちくま』03.09号の重松清さんと新井紀子(国立情報学研究所)さんとの対談「「わからない」からこそ、「わかる」が深くなる」から引用します。

###
重松 新指導要領の発想では、考える過程を丁寧に見ていくことで点数を加算していくのではなく、教える内容を簡単にすることで0点をなくそうとしていますね。

新井 変な話なんですが、数学のレベルを下げても、やっぱりできない子の人数はあまり変わらないんです。
###

問題を易しくすれば、問題数を減らせば、どんな子どもでも100点を取れると思うかもしれません。
でも現実は違うんですね。
易しくしても、課題を減らしても、できない子どもの人数はそう変わらないんです。

これを工業的には「歩留まり」といいます。
何かを生産するときに、必ず一定割合の不良品が出てしまう。
その良品率を歩留まりといいます。
不良品は少ないほどよいのですが、努力して工夫して不良品を減らしていっても、ある割合からはなかなか減らない。
それ以上歩留まりを減らすためには、相当の労力とコストと時間がかかってしまうようになります。
コストと時間が見合わないなら、工業的には意味がないのです。
ですから工業では、歩留まりを減らす努力と工夫は常にしているのですが、ある程度の歩留まりは許容せざるを得ない。
でもそれが「合理的」なんです。
コストパフォーマンスが最大になるように、歩留まりが出ることを織り込んで生産計画を立てるのです。

もちろん子どもは工業製品ではありません。
工業製品における不良品のように子どもを考えるのは間違いだと、ぼくも思います。
が、教育にも「歩留まり」という概念は必要だとぼくは思っています。
人間というのは、易しければ、課題が少なければ、誰もが100点を取れるようにはできていないのです。
歩留まりを見込んだ教育が必要なんだと思うのです。

さて同じ60点でも、20問の漢字テストでの60点と10問の漢字テストでの60点では価値が違います。
20問のテストの時は12文字覚えられたのに対し、10問のテストの時は6文字しか覚えられていないからです。
当然ながら12文字覚えた方が価値があります。
同様に、20問のテストで60点を取るのと、10問のテストで100点を取るのではどちらが価値があるでしょうか。
一方は60点でも12文字覚えられた、もう一方は100点でも10文字しか覚えられない。
ならば覚える漢字数が多い方が価値がある、とも言えるのではないでしょうか。
その意味で、100点よりも60点の方が価値がある、と言ってもいい。

つまりテストをプランニングするときも、歩留まりを考慮して子どもにとってより価値を生み出すためにはどう難易度と課題数を設定するのがよいか、その最適解を求めた方がいい。
安易に全員に100点をとらせようとして、返って子どもに価値を与えない教育になっていないかどうか、吟味が必要だと思います。

このことは大人にとっても、職業人にとっても同じだと思います。
「人生は良く生きるものではない、多く生きるものだ」とぼくは思っています。

2010年11月15日月曜日

マニュアルを読め、マニュアルを作れ!

こんにちは

我が社の新人君に「帝王教育」を施しています。
入社したばかりなのにあちこち連れ回して、忙しくさせています。
伸びしろの大きい30代までは、忙しいくらいの方が育つんです。
それに何たってぼくはまもなく転勤?ですからー。

先日も配電盤の工場立ち会い検査に連れて行きました。
案の定、彼は手ぶらで工場へやってきました。
しめしめ。
検査が始まるときに、ぼくは彼に質問しました。

 検査と言うからには、何かを基準にして合否を決めるわけだよね。
 その基準は何だろう。

彼は「しっかり作ってあるかどうか見る」とか、抽象的な答えを言いました。
しめしめ。

 あのねー。ぼくらはこの配電盤を設計図に従って作ってもらっているの。
 受注者は設計図に基づいて見積をし、製作したわけ。
 設計図と照合してその通りに作ってあるかどうか検査する。
 だから、設計図は必ず持ってこなくちゃダメだよ。
 あるいは読んでくる。頭に入れてくる。

 さらに設計図には、こう書いてある。
 特記されている以外は『国土交通省共通仕様書』による、って。
 だから『共通仕様書』も持ってこなくちゃ。
 今回の検査に関連する部分を、事前に読んでくると予習になっていいよ。

工場の人に『共通仕様書』を出してもらって、読むべき箇所「機材の試験」のページを示しました。
そして、検査には明確な基準があること、それに従って合否判定することが大切であることを、彼に伝えました。
その上で、より使いやすく、安全にするにはどうしたらいいかを、現物を見ながら検討する。
それが工場立ち会い検査の意義であると言いました。

『共通仕様書』は公共工事に関するマニュアルです。
工事のマニュアルは過去の失敗や事故の反省のもとに作られているものです。
マニュアル通りに作れば、失敗する確率を小さくすることができます。
少なくとも安全に関しては失敗しないはずなんです。
だから、先ずはマニュアル通りに作ること。
そのためには、マニュアルをしっかり読むことです。

仕事のほとんどはOJT(オンジョブトレーニング)で修得していくものです。
でもただ流れてくる仕事に対応しているだけでは、実力は身に付きません。
その仕事の「意味」を理解しながら、経験して行かなくてはいけないと思っています。
仕事の意味を理解するための有力なツールが、マニュアルです。
ぼくの仕事、建設技術者にはしっかりしたマニュアルが揃っているんです。
これを活用しなくちゃ。

『共通仕様書』も分厚い本です。
これを全部読むのは大変だし、その必要もない。
今やっている仕事に関連した部分だけ拾い読みすればいい。
工場立ち会い検査だったら「機材の試験」の部分ですね。
そうやって、その場その場で必要な部分を読む。
同じ箇所を3回も読んで仕事に対応すれば、マニュアルは自分のものになります。
マニュアルが身に付けば、判断に迷うことが無くなり、仕事のスピードが上がります。
当然、完成してからの不具合も減り、事故確率も低くなる。

世間では「マニュアル主義」とか言われて、マニュアルを馬鹿にする風潮があります。
でも少なくとも技術者にとっては間違いです。
マニュアルをとことん使い倒すのが正しいのです。
マニュアルを馬鹿にする人ほど、その時々の感情や思いつきで仕事をすすめてしまい、失敗を招いているんです。

吉越浩一郎『会社を踏み台にする生き方』マガジンハウス¥1429-から引用します。

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ビジネスマンは、目の前の遅れを取り戻すために汗をかくのではなく、長く利用できるシステム作りのためにこそ汗をかくべきだ。
その日、その日の、目の前にある”作業”に費やす時間と労力を、そのまま”作業のシステム作り”にあてれば、仕事のやり方が効率化される。
そして、会社全体がいい方向に進むだけではなく、自分自身も長期的には必ず楽になる。(54p)
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システム作りとはマニュアル作りと読み替えてもいいでしょう。
過去の遺産であるマニュアルを身に着けた後、自分でもマニュアルを作っていく。
今あるマニュアルだけではどうしても自分自身の仕事に完全にはフィットしないものです。
だから自分自身が活用できるようにしていく。
仕事を毎回試行錯誤でやらなくていいようにマニュアル化していくんです。
常にそういう意識をもって仕事に当たる。
それは仕事をシステマティックにしていく方法だから。
そうしていけば、失敗も減り、仕事も楽にできるようになります。
そしてその中から他の人も真似できる「技術」が生まれてくるんだと思うのです。

さてその後の新人君、いつも『共通仕様書』を携行するようになりました。
素晴らしい。
時々、今はここを読むといいんだよ、とアドバイスしたりしています。
早く独り立ちしてねー。

2010年11月13日土曜日

いい顔をした人物になる方法


こんにちは

誰にだって挫折経験はありますよね。
自分の非力さを思い知らされて、がっくり来ることが。
コンプレックスもある。
同期の同格のライバルに差を付けられて悔しい思いをすることが。
そこから立ち直るとき、人は二種類に分かれるようです。

どうやって敗者復活戦を闘っていくか。
一つは、自分の至らないところ、不足する力を補おうと、努力を始める人。
あるいは、自分の長所をさらに伸ばし、アドバンテージを確保していこうという人。
要するに、自分を変えていくことで人生の再挑戦していこうとする人ですね。

もう一つは、自分のことはさておき、それより他人のアラを探し出す人。
確かに、他人の弱点を掴めばその分自分にアドバンテージが生まれます。
他人を引きずり下ろすことで、自分を勝者にしようという考えです。

前者が「絶対基準」による戦略、後者が「相対基準」による戦略と言えそうです。
果たしてどっちが楽に闘っていけ、最終的にハッピーになれるのか。
ぼくは前者を選びたいですね。
だって他人のアラを探すのって、疲れるもん。
いつも他人を気にして、自分より上にいるヤツ、上に行こうとするヤツの行動を見張っていなくちゃいけない。
何人も何人も見張り続けて、誰かがミスをしないか、落ち度はないか探し続ける。
これは並大抵な努力ではできませんよ。

それで何回かは誰かを引きずり下ろして成功するかも知れません。
それだけ自分の努力と労力を傾けたとしても、自分の実力はちっとも上がっていないのです。
追いついてくるヤツ、突き上げてくるヤツは後から後からやってくるんです。
その数はどんどん増えていくわけですよ。
だって、自分はずっと同じ場所にいて、それを迎え撃たなくちゃならないんだから。
そうなると、いつも不安の中で生きなくちゃならない。
自分に実力がないから、いつまでたっても自信を持てない。
それって非常に疲れることだと思うんですよ。

それならもっと自分を安全確実な場所へ移動させちゃう方が楽でしょ。
他のヤツらはおいそれとはやってこれない場所、追いつけない場所まで行ってしまえばいい。
安全地帯にまで行ってしまえれば、心安らかになれるはずです。
もちろん、安全地帯に行くにはそれなりに努力は必要ですよ。
でも少なくともしばらくはのんびりハッピーに生きることができます。
自分の実力が上がったという自信が生まれ、心に余裕が生まれます。

だから自分を鍛える方を選ぶ。
同じ努力をするなら、こっちがいいとぼくは思っています。
それにねー、他人のアラばっかり探していると、人相悪くなりますからね。
健康にも悪そうです。

吉越浩一郎『会社を踏み台にする生き方』マガジンハウス¥1429-から引用します。

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40歳代以降の顔は、それまでどれだけ努力してきたか、戦ってきたかが、表れるものだ。
実際に、男女にかかわらず魅力的な顔をした40歳以降で、いやな性格の人を私は知らない。
逆に、意地悪そうな顔をしていて心が豊かな人も知らない。
しかも、短期間でいい顔にはならないものだ。
いい40代を迎えるには30代を充実させなくてはいけないし、30代を充実させるには20代を怠けてはいけない。
だからこそ自己研鑚を心がけなくてはいけない。
なぜ、そんなに仕事を頑張らなくてはいけないのか。
それは今の社会では、少なくとも男性は、ビジネスマンであれ、スポーツ選手であれ、音楽家であれ、自分の仕事でしか、自分自身を磨くことはできないからだ。(220p)
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若いときは誰もが美男美女ですよね。
スタイルもいいし。
若さって素晴らしいです。
でもそれも20代までの話。
若さは必ず失われていくんです。
若いとき美男美女だった人が、中年になってしょぼくれた表情になると悲惨ですよー。

自分の弱さを自覚して自らを鍛えていけた人は、自信が生まれいい顔になれるんだと思います。
リンカーンが「40歳を過ぎたら顔に責任を持たねばならない」と言ったのは、40歳過ぎたら自分の生き方、生きる姿勢を確立していなくてはいけない、という意味だったんでしょうね。
他人を蹴落とすような生き方ではなく、自分を鍛えてきた人間は美醜はともかくとして、いい顔になっているはずなんです。
顔を見ればどんな生き方をしてきたか、それが一目瞭然になってしまうわけです。
それが「顔に責任を持て」ということなんだと思います。
リンカーン自身はどちらかというとブオトコだったらしいですが、きっといい顔をしたおじさんだったんでしょうね。

いい顔した人間になるには、先ずは目の前の仕事を一生懸命やることです。
決して誰かを蹴落としたり、足を引っぱることはしてはいけない。
仕事を通して自分を磨き続ける。
努力をし、学び続け、腕を上げ、技を身につけ、人脈を築く。
そしていつも笑顔でいる。
それが合理的でプラグマティックな生き方なんだと、ぼくは思います。

もう7,8年くらい前でしょうか、藤原和博さんに泰明小学校で開催されたイベントの時に声を掛けたことがありました。
それ以前から藤原さんの講演を聴いたり、ホームページの掲示板に書き込んだり、何度かメールのやりとりはしていたんですが、直接お会いするのは初めてでした。
その晩藤原さんからメールをもらいました。
「よっちゃんも晶ちゃんも、思った通りいい顔してました!」
とっても嬉しかったです。
嬉しさと共に、背筋もシャンとしました。


今週は神戸に建設中の「iPS細胞研究棟」の配電盤の工場検査に行きました。
生物系研究棟でのポイントは、停電させずに増設ができること。
何たって生き物を扱っていますから、停電すると死んじゃいますから。
停電させなくても安全に増設ケーブルを接続できるよう、配電盤をデザインしてもらいました。
かつ、ボルトのゆるみを締め付けたり、保守もしやすくできたと思います。
エヘン!

2010年11月11日木曜日

ヒトは一生にどれだけ食べるのか

こんにちは

出張に行くと、つい食べ過ぎちゃうんですよ。
我が家ではいつもは粗食なので、外食するとタガが外れちゃうんでしょうか。
あはははは。
腹がパンパンになっちゃって動けなくなって、ビジネスホテルのベッドの上で考えました。

「人は一生にどれだけのものを食べるのだろうか?」

ちょっと計算してみましょう。
ぼくはエンジニアなので計算が大好きなんです。

三大栄養素は、タンパク質、糖質(炭水化物)、脂質(脂肪)です。
これらは1gあたり以下の熱量(カロリー)を持っています。

 ・タンパク質;4kcal/g
 ・糖質(炭水化物);4kcal/g
 ・脂質(脂肪);9kcal/g

肉を食べることを考えてみます。
肉は、だいたい以下の成分でできています。

 ・水分;50%
 ・タンパク質;25%
 ・糖質(炭水化物);12.5%
 ・脂質;6.25%
 ・無機質などその他の成分;6.25%

よって肉1gを食べて得られる熱量(カロリー)は以下のように計算されます。
 
 ・タンパク質;4kcal/g×0.25g=1kcal
 ・糖質(炭水化物);4kcal/g×0.125g=0.5kcal
 ・脂質(脂肪);9kcal/g×0.0625g=0.56kcal
 ______________________
  合計 2.06kcal/肉1g

ところで人間は一日に約2000kcalの食べ物を食べます。
肉に換算すると、

 2000kcal÷2.06kcal/肉1g=肉970g

ということになります。
肉だけで一日の必要カロリーを得るためには、毎日970g食べなくてはなりません。

70年間生きるとして、赤ちゃんの時から年寄りになるまで毎日平均2000kcalの食事をすると仮定します。
すると肉だけを食べて一生を過ごすと、

 970g×365日×70年間=24トン

もの肉を食べることになります。

人間は肉だけを食べているわけにはいけません。
穀類や野菜も食べなくてはなりません。むしろ肉よりも穀類や野菜をたくさん食べるでしょう。
穀類や野菜の1gあたりの栄養価は肉よりも低いので、肉の2倍~3倍は食べなくてはならないでしょう。
よって、人間が一生に食べる量は、

 24トン×(2倍~3倍)=48トン~72トン

と見積もることができます。

人の体重を60kgとすると、体重の800倍~1200倍もの食べ物を一生のうちに食べる計算になります。
ずいぶんと食べるものですね。


上野川修一『免疫と腸内細菌』平凡社新書\700-によると、人は一生に70tの食べ物を必要とするのだそうです。
米6t、小麦2.6t、野菜7.5t、乳3.4t、魚3tなど。

2010年11月10日水曜日

頭のよい人は冷たいのか


こんにちは

以前のごみメールで、ぼくの思う「頭がよい」ということはどういう状態かを書きました。
頭のよい人と悪い人の違いは何か。
まず気づくのは、頭のよい人は感情に振り回されない、ということがあります。
ある意味「クール」なんです。
でも「冷たい」わけじゃない。
燃えるときは燃えますしね。

頭のよい人にだって当然ながら感情はあります。
怒ることだってあるのは当然です。もちろん笑いますし、泣きもします。
でも自分の感情と異なる合理的な説明があり、自分もそれに納得できる場合、自分の感情を抑えることができる。
感情より合理を上位に置ける人が、頭のよい人だと思っています。

その合理というのは、自分や一部の人だけが得するのではなく、たとえ自分がちょびっと損をしても多くの人にとって有利になる、というものです。
つまり、「全体合理性」ですね。
逆にいくら合理的な説明をされても、自分の感情から離れられなず自説にこだわり続ける人が頭の悪い人。
なので合理を理解できず感情に振り回されるだけの人に、いくら説明しても絶対に納得はしてもらえないのです。
往々にして感情とは自己中心的であって、自分にとって不利な状況の時に興奮を引き起こし、激しくなりちなものです。
しかし自己中心的な感情に振り回されていると、全体合理性が失われ、長中期的に見ると自分自身にとっても不利となってしまうのです。

すなわち頭がよい人とは、

 豊かな感情は保ちHotになりつつもそれに振り回されず、
  合理も忘れずCoolな頭を保ち、
   最終的には全体合理性に従って判断し行動できる人

です。
ですから、知識があるとか、いい学校を卒業しているとかは関係ありません。
もちろん、合理的判断をするためには知識や経験は不可欠ですから、常に勉強し続けている人である必要はあります。
もちろん経験もタダ時間を費やしたような経験ではなく、意図的に積んだ経験じゃないと意味がありません。
経験を裏打ちする知識を身に着け、経験を知識化する過程を経ることです。
また、しっかりとした学歴がある方が合理的な判断をするためにベースとなる知識も豊富であり、多様な思考法を身につける訓練もされているので、有利であることも確か。
つまり知識や経験や学歴だけではだめで、それをどう活かしていくのか、活かす技術も持っている必要がある。
当然、何かをやるには情熱も必要で、好奇心旺盛で感情豊かである必要もあります。

ところがよのなかの多くの人が「頭のいい人は冷たい」などと言いますし、そう思いこんでいます。
ぼくの勤務する会社は日本のトップクラスの頭脳を集めた頭のいい人ばかりの集団ですが、みんなアツイですよー。
もちろんちょびっとは学生時代お勉強ができただけみたいな、何の情熱も持っていないような人もいますけどね。
ぼくの観察では、頭のいい人は冷たい、なんてことはまるでないと思います。

ではなぜ、「頭のいい人は冷たい」なんて言われているのでしょうか。
養老孟司/内田樹『逆立ち日本論』新潮選書\1200-で、内田さんはこう言っています。

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「内田さんは、フランス語の会話はどのくらいできますか」とよく聞かれるのですけど、そういうときは「頭のいいフランス人とだったらけっこうしゃべれるけど、頭の悪いフランス人とはほとんどしゃべれません」と答えることにしています。
頭の悪い人って、まず言っていることがロジカルじゃないし、単語も外国人が知るはずもないような流行語やら固有名詞を平気で入れてくるし、しゃべるスピードもふだんのままでしょう。
でも、頭のいい人は、断片的に単語を並べても、「つまり、こういうことが言いたいわけですね」と意のあるところを汲んでくれるし、こっちが言葉に詰まっているときに、「こういう言葉が言いたいわけ?」と適切な単語を入れてくれる。
頭のいい人はこちらのレベルに合わせて会話のスピードも使用語彙も調整してくれますから、話がぴしぴしと噛み合う。(内田、187p)
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外国語だけじゃないですよね。
同じ日本語を使いながら、まったくコミュニケーションがとれないってことも多々あります。
会話が成立しないんです。
時々、この人ホントに日本語で話してるのかな、と思ってしまうこともあります。

頭の悪い人の話は論理=ロジックがないのでなかなか話がかみ合いません。
そのうえ自己中心的であり、合理性がない。
自分に都合のいいことばかりまくしたてるので、辟易としてしまうのです。

それに対抗するにはどうするか。
相手が子どもだったら「そういうのはよくないよ。こうしたらどう?」とたしなめることでしょう。
子どもでなくても柔軟な思考の持ち主だったら、アドバイスしてあげれば自分の誤りに気づく。
子どもや柔軟な人は教育可能だからです。

ところが大人、それも頭の悪い人は柔軟性が全くない。
人の言うことに聞く耳を持たないんです。
いくら論理的に冷静に説明しても、理解しようとしない。
冷静に説明すればするほど、反って激憤してしまうのです。

こういうモンスターは放っておくしかない。
口に出しては言わないでしょうが「はいはい、どうぞご自由に」なんです。
そっとそばを離れ、被害が自分に及ばないようにするのが一番得策です。
こういう人に振り回されて、自分の時間を取られるのは損です。
その時間をもっと有効に使うべきです。
人生は有限なんですから。

で、放っておかれたモンスターはどうなるのか。
「あいつは冷たい」と言うんですよ。
自分の言うとおりにしてくれない人を「冷たいなー」って言うわけです。
モンスターの最大の特徴は「他罰的」ですからね。
悪いのはあいつだ、なんです。
あいつが悪い、こいつが悪い、会社が悪い、女房が悪い・・・e.t.c.
自分にも少しは非があるなんて、ちっとも考えない。
周りの人みんな「冷たい人」だらけになってしまうのです。

きっと誰の心の中にも、もちろんぼくの中にもモンスターは潜んでいるんでしょう。
自分の中のモンスターを呼び起こさないようにしなくちゃいけない。
そのための一つのセンサーとして、誰かを冷たいと思うかどうかをチェックするのもいいですね。
もしかしたら自分が理不尽なことを言ったりやったりしているからかもしれない。
そういう留保を常にフィードバックする。
これも、自分の「馬鹿チェック」にするようにしています。


アメリカのNIHに新築中の研究棟を見学させてもらったときの写真です。
同じエンジニア同士、ぼくのカタコト英語でも話が通じましたよ。
それは相手が頭がよい人だったからですね。

2010年11月9日火曜日

シフトチェンジ!


こんにちは

この「ごみメール」、そのままブログにも転載しています。
最近、今年の7月からですが、グーグルではブログアクセスの統計を取ってくれるようになりました。
それによると、ほぼ毎日50人くらいの人が読みに来てくれている。
月にすると延べ1500人です。
ありがたいことですねー。

どの投稿に対するアクセスが多いかも統計に取ってくれています。
一番人気は「50を過ぎたら好きなことしかしない」です。
7月から通算150アクセス以上となっています。
みんながよく読んでくれる投稿を、自分でも再読したりしています。
これがまた楽しい。
あ、オレこんなこと書いたんだ、なーんて思ったり。
けっこう新鮮なんです。

確かに50才目指してシフトチェンジしてきました。
もちろん本業の建設技術者としての仕事を一生懸命やってきました。
その経験を去年、今年と、電気設備学会や加速器学会で発表しました。
子ども向けの出張授業やサイエンスカフェにも取り組みました。
今年はXFELの建屋建設で得た知見を仲間と共にまとめて、電気設備学会賞、空調衛生工学会賞にも応募してみました。
何と、両方とも1次審査通過しちゃいました。
今月末から来月にかけて最終審査が行われます。
楽しみですね~。
どんどんと、目の前の景色が変わっていくようです。

ロケット博士の糸川英夫さんの本に書いてあったことですが、

 10年から15年で自分の専門を変えよ

なんだそうです。
10年から15年、一つの専門に専念して一生懸命取り組む。
するとその分野でやるべきことは一通りやり尽くしてしまうんです。
これ以上同じことをやっていても、発展がなくなってしまう。
ダラダラとやり続けるしかなくなってしまうんです。
つまり、脱皮の時期が来ちゃうんですね。
その時、躊躇なくすっぱりと今の専門を捨て去ることができるかどうか。
そこで次のステージに進めるかどうかが決まるんだそう。

さてさて、あとひと月でぼくもいよいよ50代に突入です。
楽しく、ワガママに、でも多くの人から「ありがとう」を集められる人生を築いて行きたい。
うまく脱皮できるかどうか、ご期待下さい!


先週末、和光研に建設中の脳センター新棟への高圧ケーブルを布設しました。
スタッフたちもいい仕事をしてもらいました。
ありがとう!

「ありがとう」は資源だ!


こんにちは

我が家ではたくさん「ありがとう」を言うように躾けています。
もちろん親も頻繁に「ありがとう」と言うように気遣っています。

なぜなら、世の中を見渡してみても、活躍をしている人ほど「ありがとう」を言っているんです。
なぜ言うか。
それは協力してくれる人がたくさんいるからなんです。
協力してくれた人に「ありがとう」を言う。
多くの人の協力を集めていい仕事をすれば、誰かから「ありがとう」と言われます。
要するに、ありがとうとよく言う人ほど、ありがとうとよく言われる。
逆に、ありがとうとよく言われる人ほど、ありがとうとよく言うことができる。

活躍していない人ほど、ありがとうって言いませんね。
誰かから何かしてもらっても、何も言わない。
これじゃあ、誰も協力してくれなくなっちゃいますよ。
ますます一人で仕事を抱え込むことになります。
一人でやる仕事はたいしたことはできない。
ありがとうと言わない、言えない人は、自ら活躍のチャンスを失っているようなものなんです。

つまり「ありがとう保存の法則」なんです。
ありがとうも一つの資源なんだとぼくは思っています。
活躍できる人は、このありがとうの資源をたくさん持っているんです。
たくさん持っているから、いい仕事をした人に素直に「ありがとう」と言える。
そして自分自身もいい仕事をして誰かから「ありがとう」と言ってもらえるので、ありがとうが減らず、増えていくわけです。
自分の中にたくさんのありがとうがあるので、誰かのいい仕事を見つけたらすぐに「ありがとう」と言えるんです。
「ありがとう」と言えない人は、ありがとう資源が枯渇しちゃっているんですね。

糸川英夫『逆転の発想』プレジデント社から引用します。

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京都の郊外に大雲寺というお寺があるそうである。(略)
この寺は奇跡の寺といわれて、気違いを直す寺として、日本の社会のなかで400年以上も存続してきた。その記録映画を見ると、気違いを集めているのだから、今の精神病院と同じように窓には格子戸がついている部屋がある。
この寺が、どういうやり方で気違いを直したかというと、お風呂に入る時、お坊さんが患者と一緒に入って、「背中を流してくれ」と言う。
「自分の背中というのは、なかなかうまく流せない。前から一度、だれかに流しても
らいたいと思っていたんだが、いい人がいなかった。あなたに流してもらってサッパ
リとした。どうもありがとう」と話す。
こうすると、お坊さんに言われたありがとうで、気違いが一挙に立ち直ったという。
つまり、精神病を直すには、精神病患者がだれかのために役立って、役に立ったことを相手から感謝されるというシステムが必要である。(126p)
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内田樹さんが言っていたことですが、人生は誰かから尊敬を集める行為である、のです。
感謝を集める、と言ってもいいですね。
だから、ありがとうが必要なんです。
ありがとうと誰からも言われない人の人生は、寂しく、そして狂っていきます。
だから我が家では、我が子たちのありがとう資源を増やしてあげたい。
そうすれば、我が子たちも誰かに「ありがとう」とたくさん言うことができる。
「ありがとう」をたくさん言えば、誰かからも「ありがとう」と言ってもらえる。
そういう好循環が生まれ、ハッピーな人生を築いていけるのだと思うのです。

ありがとうと言うには、二つの要件がありますね。
 
 ・よい行いに気づくこと
 ・よい行いをさせること

前者は「感性」ですね。
よいと思ったことをパッと見つけて、すかさずありがとうと言う。
それも大事。
でも子どもだからまだ何がよいことか分からないことも多い。
だから、よい行いをさせるんです。
お手伝いでもいいし、言葉遣いでもいい。
そして褒める。ありがとうと言う。
そうやって我が子たちの「ありがとう」を増やしていきたいと思っています。