2010年12月31日金曜日

抗生物質とMRSA

こんにちは

年末に妻が風邪を引いてしまい、病院にかかってきました。
出されたお薬を飲んだとたん下痢に。
原因は抗生物質。
抗生物質は細菌を殺す物質、抗・生物質です。
抗生物質が風邪の細菌だけじゃなく、腸内にもともといる細菌まで殺してしまった。
なので糞便がきちんと形成されず、下利便状態になってしまったのです。

ところで抗生物質は生物を殺す薬です。
人間だって生物です。
人間の細胞は殺さないのでしょうか。

抗生物質は、細胞壁を合成するのを阻害する薬なんです。
小中学校の理科の授業で、植物の細胞に細胞壁があることを習ったと思います。
実は細菌類にも体の外側に細胞壁があるのです。
細菌が分裂して増えるとき、当然細胞壁も作り出さないとなりません。
でも抗生物質があると、この細胞壁を作ることができなくなってしまいます。
それで細菌は増えることができなくなり、死滅してしまうというわけです。

人間など動物の細胞には細胞壁はありません。
抗生物質があっても、まったく影響を受けません。
動物は進化の過程で細胞壁を作ることをやめちゃったんですね。
細胞壁を作る必要がないので、抗生物質があっても平気なんです。

ただし、人間の腸内にはたくさんの共生菌が住んでいます。
ビフィズス菌、大腸菌などの名前を聞いたことがあるでしょう。
その数は数百兆にもなります。
人間の大便の重さの約半分は、この腸内細菌からなっているそうです。
これら腸内細菌も細胞壁を持っています。
抗生物質を服用すると、腸内細菌も殺してしまうのです。
だから便が軟らかくなったり、下痢のような状態になるのです。

この腸内細菌はただ人間に寄生しているだけじゃありません。
消化を助けたり、ビタミンを合成したり、人間にとって必要な活動もしているのです。
細菌が生きていくためには人の体が必要であり、人も生きていくために細菌が腸内に住んでいる必要がある。
その意味で、腸内細菌は寄生ではなく共生していると言っていいのです。
抗生物質でむやみやたらに殺してはいけないのです。

もちろん、病気の時は抗生物質の力を借りる必要もあります。
病気の時などは体の免疫力が落ちます。
免疫力が落ちると、共生菌ではなく悪玉菌が増えてしまう。
悪玉菌が病気をさらに悪化させるのです。
悪玉菌を殺すために抗生物質を飲む必要もあるのです。

手術の時も手術前に抗生物質を注射しておきます。
体の内部は免疫に守られて無菌状態ですが、そこを切り刻むわけです。
傷口にばい菌が付着するのは避けられません。
このばい菌が増殖してしまっては困ります。
だから抗生物質なしに手術はできないのです。

近年、MRSAという細菌が病院内で問題になっています。
MRSAとはメチシリン耐性黄色葡萄球菌といい、抗生物質が効かない細菌です。
病院に入院している患者さんは、体力が落ち、免疫力も弱くなっています。
こういう患者さんにMRSAが感染すると、あっという間に増殖してしまいます。
MRSAを殺すために抗生物質を投与しても、まるで効きません。
そのために最悪の場合、患者さんは死んでしまうこともあります。
そればかりか、感染者の体で増殖したMRSAが病院内に蔓延し、次々と患者さんに感染し、死亡者が増えてしまうのです。

MRSAにはなぜ抗生物質が効かないのか。
細菌類は遺伝子の変化がとても速い生物です。
黄色葡萄球菌自体はごくありふれた細菌で、私たちの皮膚表面にも鼻くその中にもたくさん存在しています。
その細菌の遺伝子が変化し、抗生物質を無効化する遺伝子を獲得してしまったのです。
抗生物質を無効化する酵素を作り出す遺伝子を作り出すことができる。
それがMRSAなのです。

ところでMRSAは病院以外で問題になっていません。
病院以外では増殖することがないようなんです。
なぜなんでしょう。
もちろん病院以外にいる人たちは健康だから、免疫力も強いから、ということもあります。
でもMRSAの仲間である、ごく普通の黄色葡萄球菌は私たちの体でたくさん繁殖しています。
健康な人にMRSAが感染しても、増殖できないんです。

生物の第一の目的は、増殖して自分たちの子孫を残すことです。
ことに細菌類はじゃんじゃん分裂して数を増やすことを戦略としています。
エサがあり、温度が適温である環境であれば、細菌はどんどん増殖します。
ただし、増殖するための空間が必要なのです。
細菌は空間を埋め尽くすまで繁殖しますが、空間がなくなっちゃえばそれ以上繁殖できなくなります。

ある場所に2種類以上の細菌がいたとき、生存競争に勝つにはいかにその場所の空間を自分の子孫たちで埋め尽くすかが大切です。
つまり、生存競争に勝つためには速く増殖する必要があるのです。
多くの空間を自分の子孫たちで埋め尽くした細菌が、その場所での生存競争に勝つのです。
速く増殖するためには、速く分裂する必要があります。
速く分裂するためには、速く遺伝子を複製する必要があります。
速く遺伝子を複製するためには、遺伝子は小さくコンパクトにしておく必要があるのです。

さて、MRSAは抗生物質を無効化できる酵素を作り出す遺伝子を体の中に持っています。
その分、普通の黄色葡萄球菌より遺伝子が大きくなっているのです。
遺伝子が大きいと言うことは、遺伝子の複製に時間がかかるということです。
すなわち、分裂速度が遅い。
MRSAが感染しても、他に分裂速度の速い細菌がいたら、その空間はあっという間に敵の細菌に埋め尽くされてしまい、生存競争に負けてしまうのです。

これでなぜ病院内だけでMRSA感染が問題になるのかの謎が解けました。
病院内の患者さんは抗生物質を投与されている。
患者さんの体の中にもともといた細菌たちは、抗生物質で死んでしまっている。
MRSAが増殖するための広々とした空間が広がっているわけです。
MRSAは誰に遠慮することもなく、のんびりと増殖をすればいいのです。


抗生物質が効く原理と、MRSAの増殖について夏井睦『傷はぜったい消毒するな』光文社新書¥840-で読みました。
この本、今年ぼくが読んだ科学書で一番の面白さでした。
皆さんにもお勧めします!

2010年12月30日木曜日

レディネス


こんにちは

溌貴君、補助なし自転車に乗れるようになりました!
2輪のキックボードもスイスイ乗れるようになって、平衡感覚もできた。
背も高くなって、自転車にまたがっても足が地面に着くようになった。
体の準備は万全です。

おじいちゃんが大泉中央公園に連れて行ってくれました。
この公園にはなだらかな坂がある。
下り坂を利用すれば、こがなくてもすみます。
平衡感覚だけに集中して乗ればいい。
そして坂から降りたところでペダルをこぐ。
ペダルをこいで走り続ける。
こうやって、たった数回下り坂で練習するだけで、補助なし自転車に乗れるようになっちゃいました。

家に帰ってきてから、家の前の私道で練習。
こぎ始めるところを繰り返し練習し、平らなところでも乗れるようになりました。
さっそくぼくと一緒に近所をグルグル走って回りました。
交差点ではいったん止まって、車に注意ですね。
溌貴君、みんなから「すぐ乗れるようになってすごい!運動神経バツグンだね~」って褒められて、ご満悦です。
また自信がつきましたねー。

『楽しい授業 2010.11』に板倉聖宣「個性を考える」という文章が載っていました。

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私は「個性などというものはたいしたものではない」と思っている。
そんなものはちょっとした偶然がもとになってできたものが少なくない、と思っている。
実際、本当にだれでもできなければならないことは、生理的欠陥さえなければ早い遅いの違いはあっても、だれでもできるようになるから心配はいらない。(85p)
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補助なし自転車に乗るのも、溌貴君の幼稚園の同級生の中では遅い方だったみたいです。
他の子はお父さんがかなり特訓して乗れるようにしたようです。
でもぼくは「特訓」は嫌いなんですよ。
まだ心と体の準備が整っていない子どもに特訓するのはよろしくない。
やっぱりできないし、なかなかできるようにならない。
できないことを繰り返すと、自信を奪います。
卑屈になります。
だいいち楽しくない。
そうまでして、早く何かをやらせる必要はない、と思っているのです。

板倉さんの言うとおり、誰でもできなければならないことは、早い遅いの違いはあっても誰でもできるようになる、のです。
できるようになるために、心と体の準備が整ったところで挑戦させればいい。
そうすれば、スッとできるようになっちゃう。
その方が楽しいし、自信にもなるんじゃないかって思うんですよ。
それがレディネスってもんだと思います。

もちろん、レディネスが整ったなと思ったら、他の子たちよりも早く挑戦させるってこともあるでしょう。
他の子や学校のカリキュラムなんか待っている必要もない。
そういうタイミングは逃さないようにしたいですね。
他の子よりも早くできた、学校で習うことより先にやれた、っていうのも自信の素になります。

他の子よりも遅いときは「まだ君は心と体の準備が整っていないだけなんだよ。近いうちにできるようになるから気にしないでいいよ」と言う。
他の子より早くできたときは「さすがだ。君はすごい」と言う。
どっちに転んでもシメタ、でいきたいですねー。

video

2010年12月28日火曜日

自分は他者が創る


こんにちは

溌貴君と「ダンモデ」を作りました。
ダンモデとは段ボールで作るキット。
1つ500円程度で買えます。
予めカットされているので、木工ボンドさえあればok。
かなり大きいキットなので、迫力もあり、作りがいもある。
小学校低学年くらいの男の子に最適ですね。
ぼくが説明書を読んであげながらですが、溌貴君は独力で作り上げられましたよ。
スバラシイ!

溌貴君は作る過程で、内側に折る、外側から差し込む、など具体的な作業を通して言葉を覚えたようです。
小学生、10歳までは言葉を身に着ける年代だと思います。
それも具体的な事物、具体的な作業を通して、それらと関連させての言葉ですね。
こういう言葉を豊かに身につけないと、抽象語の理解ができるようにならないんです。
抽象語には具体語が10個から100個くらい張り付いているんですよ。
その張り付いている言葉が多ければ多いほど、抽象語を具体的にイメージできるようになり、青年期になって抽象的な思考ができるようになるわけです。
だから幼少期から少年期は、多くの経験、体験を通して言葉を身につける必要があるんです。

『楽しい授業 2010.11』板倉聖宣「アマチュア主義の伝統が生きる時代」にこうありました。

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感動なしに言葉を知っちゃうということは、恐ろしく空虚なことです。
新しい言葉が出てきたのは、その背景に素晴らしいことがあるからです。(95p)
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そうなんです、だから特に男の子には中学受験が向かないんです。
中学受験に向けて小学3年くらいから塾通いを始める。
8歳や9歳の時期に、経験、体験を抜きにして言葉の世界だけを学ばされる。
実体験を伴わない言葉は、何の感動もなしに詰め込まれるわけです。
そういう言葉は上っ面な理解に留まってしまう。
そのうえ、その言葉が生まれてきた素晴らしい背景をも経験することがなくなる。
長い人生から見たら、とても損なことだと思います。

ところでこのダンモデ、ボーイスカウトのクリスマス会でのプレゼント交換でいただいたものです。
こういう機会がなければ、ダンモデなんて商品があることを知ることがなかったでしょう。
知らなければ、作る経験、完成させる感動もなかった。
それは新しい自分の可能性も拓かれなかったってことです。
新しい自分は他者からもたらされるんですよね。
他者からもたらされたもので、自分は形作られていくんです。
だから多くの経験、体験が必要なんです。
ボーイスカウトにも感謝ですねー。

2010年12月26日日曜日

恐いくらいでちょうどいい


こんにちは

「お子さんがワガママを言ったとき、どうなさっていますか」
三育小学校の面接の時、先生からこう問われました。
まあもう溌貴君はあまりワガママなことは言わないんですがね。
晶ちゃんは、「きちんと説明して、納得させるようにしています」と答えました。
ぼくは

 ぼくはそういうとき、説明なんかしません。
 ダメなものはダメ、と言って、取り合わないようにしています。
 子どもがいくら泣いて、地団駄踏んでも取り合いません。

と答えました。
先生は「厳しいですねー」とおっしゃいました。
すかさず溌貴君が「もうちょっと優しくてもいいんだけどね」と言って、笑いを取りましたがー。

ともかく、世の中には絶対やってはいけないことがあるんです。
それは理屈じゃなく、ダメなものはダメ。
説明不能なものだったりする。
幼児段階ではまだ論理も理解できないでしょう。
その上泣き叫んでいるときは、親の話なんか聞いちゃいないんですから。
だから、取り合わない。
自分で泣いてもダメなんだと自然に分かるまで待つ。

齋藤孝『やる気も成績も必ず上がる家庭勉強法』筑摩書房¥1400-にこうありました。

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やはり、男親は恐いぐらいの存在でないと、男の子には示しがつかないというか、あとで軌道修正ができないところがあります。
最近は友だち親子のような親子もはやっていますが、私はそれにハマり過ぎるのは、危険だと思います。
実際、現場の先生も”友だち親子”風のほうが問題児が多いといいます。(220p)
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友だち親子はぼくも嫌なんですよ。
子どもと親は対等じゃないし、対等であってはいけない。
親は親のやるべきことを、ある時は権威、権力を持ってやらなくちゃいけない。
子どもと対峙することも厭わない勇気が、親には必要だと思うのです。
それに友だち親子って対等じゃなくて、むしろ親が子どもの下僕化してるじゃないですか。
それが子どもをダメにしていると思うんです。

陰山英男『百ます計算の真実』学研新書¥740-にもこうありました。

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「キレる」子どもが社会問題になって久しいですが、子どもがなぜキレるようになったのか。
早寝早起き・朝ごはんができていない等、原因はさまざまで複雑ですが、そのひとつとして、「子どもにとって、怖いものがなくなった」ことが挙げられると思います。
かつて、子どもにとって大人は怖い存在でした。
先生は言うに及ばず、親戚のおじさんや、近所のおじさんに怒鳴られ、震え上がった経験を今でも覚えている方は多いのではないでしょうか。
ところが最近は、「子どもの心を傷つけてはいけない」と、おとなが及び腰になってしまった。
腫れ物を触るように扱われ、チヤホヤされ、子どもは怖いものがなくなった。
今の子どもは、「神様」「仏様」も怖くない。だから我慢できなくなってしまったのです。(122p)
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最新の脳科学でも、「Go-NoGo」問題がきちんとできるかどうかが脳の発達に関わっている、という結果になっています。
Go-NoGoとは、やるべきときにやり、やるべき時ではないときには自分を抑える。
特に、抑えることができるかどうか。
それを訓練することが幼少期の脳の発達には重要なんです。
NoGoが上手くできないと、Goも上手くできないんです。
抑えるところを抑えられるから、やるべきこと、やりたいことができるようになる。
やってはいけないことを抑えられないような人間に、何かをやらせようなんてできない。
社会はそういう仕組みになっているからです。

父親は恐いくらいでちょうどいいと思います。
こんなことをやったらお父さんに叱られる、子どもがそう考えるようになるといい。
そういう父親の方が、友だち親子の親より、結局は子どもにとって価値があり、子どもからも慕われることになる。
子どもってそういうことには敏感で、誰が自分のためになることをしてくれるのか、直感的に分かるんですよ。
もちろんずるくて、誰が自分の言いなりになるかも直感的に分かる。
親が怒ったとしても、親の都合で怒っているのか、子どものために怒っているのかも分かる。
まあ動物に近いですからね、子どもは。

2010年12月25日土曜日

居心地の悪い家がいい


こんにちは

我が家は完全注文住宅。
設計に1年もかけましたからねー。
住み心地抜群ですよ。
個室というものがなく、すべての部屋がつながっているんです。
家全体が一つの空間になっているんです。

その代わり、冬は暖房効率が悪いんですがねー。
今の時期、ちょいと寒い。
でもちょっと寒いくらいの方が、日本の家としてはよいと思っているのです。
夏は家の中は涼しいですよ。
今年は猛暑でしたが、エアコンもあまり使わずにすみました。

我が子たちも今のところ我が家がいいらしい。
大空間なので走り回れるしね。
押し入れに昇ってかくれんぼしたり、いろいろ遊べますから。
溌貴君は来年小学校入学ですが、勉強机も買いませんよ。
ダイニングの食卓で勉強すればいい。
小学生くらいの子どもは、親のそばで勉強したいんですよ。
勉強しているところを見てもらいたい、しっかりできたら褒めてもらいたい。
小学生は個室じゃ勉強する気にならないんです。
小学生くらいまでの子どもにとっては、家の中に常に家族の気配がある方が安心なんですよ。
その意味で我が家は最適な家だと思います。

でも我が子たちが中学生くらいになったら、居心地は悪くなるんじゃないかって思っています。
個室がありませんから、プライバシーなんかないわけです。
中学生にもなれば、自分ひとりで静かに物思いにふけりたくなるはずです。
そうなると、我が家は居心地の悪い家になってしまうのです。
それは必然であって、我が子たちの成長にとってよいことになると思うのです。

藤原和博『つなげる力』文春文庫¥552-にこうありました。

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はっきりいうが、ずっと居心地がよければ、子どもは大人になれないだろう。
成長の機会というものは常に試練とともにあるからだ。(130p)

私は、家も学校も、適当に居心地が悪いほうが子どもたちの自立を助けると信じている。
「負」の体験をごまかしたり、目をそらしたり、きれいにオブラートに包んだりして抵抗力のない人間に育てないでほしい。(131p)
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居心地が悪ければ、早く家から出て行きたくなるでしょう。
出て行くためには自立心が必要になり、いやでも自律しなければなりません。
自活するため、料理をしたり、掃除をしたりする技術も必要です。
もちろん、自分の生活費を自分で稼ぐことができなくてはなりません。
そういう能力は、居心地の悪い家にいた方が開発されると思うのです。
出て行くために、出て行っても困らないように、自分を鍛えるチャンスになるのです。

いつか我が子たちが我が家を出て行く日。
考えるだけで寂しく、かつ嬉しいことですよ。

2010年12月21日火曜日

タイミング・イズ・マネー


こんにちは

「ちゃんと何月何日と日付をはっきり言え!」
工程会議中、同僚(後輩)を怒鳴りつけてしまいました。
必要な書類を提出してもらう締め切り日を指示する場面。
後輩は「なるべく早く」とか言っている。
いらいらしちゃって、つい強く言ってしまいました。

ぼくは「締め切り日が明確じゃない仕事は仕事じゃない」と思っています。
だから「なるべく早く」なんてあいまいに言う奴は、能力が低いと思います。
前工程、後工程を考え、相手の事情、こちらの事情も勘案し、的確な締め切り日程を○月○日とビシッと言えてこそ、仕事力です。
日程をはっきりと指示できないのは、自信がないからです。
前工程、後工程を考え、相手の事情、こちらの事情も勘案することができない。
だから曖昧な言い方しかできないのです。

まあ、若いんだから仕方がない。
でも仕方がないに甘えちゃいけません。
自分なりに考えて、最後は勘でもいいから日付を明確にする。
明確にするから、たとえそれば上手く行かなくても経験値が上がるんです。
日程通りに行かなかったら、次への反省が生まれます。
自分の考えの何が至らなかったからスケジュールが狂ったのかを検討できるからです。
日程がきちんと決まっていなかったら、それさえできないんです。
腕が上がるわけがない。

それに日程がはっきりすると、作業するスタッフにとってもいいんです。
ゴールがはっきりするから、そこに向けて作業を段取っていくことができます。
曖昧な日程では、いつ何をやっていけばいいのかも曖昧になり、結局作業も遅れてしまうのです。
日程がはっきりするから、やるべきことも明快になる。

日程が決まっていれば、それぞれの思いに齟齬がなくなります。
「なるべく早く」は、人それぞれの解釈が成り立ちます。
こっちは来週くらいにと思っていても、相手は今月中ならいいやと思っているかもしれません。
そろそろ提出して欲しいと思っても、催促しにくい。
「なるべく早くって頼んだじゃないか」なんて催促しても、「え?それって今週までって意味だったの?今月中だと思ってまだ何もやっていないよ」なんてことにもなりかねません。
日程が明確なら前の週に、「来週が約束の期日ですよ。よろしくお願いしますね」なんて予告もできます。
そうすれば相手のエンジンもかかって、スケジュール通りに進めることができるんです。

時々、どのくらい進んでいるかをチェックするのもいい。
ちょっと遅れているようだったら、ボトルネックになっているところをその場で解決してあげられる。
資料が足らないのだったら補ってやる、やり方がわからなくなっているなら丁寧に説明してやる、マンパワーが足りないなら配置してやる。
日付が明確だから、進捗管理もできるのです。

だから、ある程度の年齢になった人が「なるべく早く」なんて言っていたら、こいつ厳しい仕事をしてこなかったな、と思って間違いありません。
日付を決め、そこに向けて自分やスタッフを追い込んでいく。
そういう仕事をしてこなかったから、いい年になっても「なるべく早く」なんて言うんです。
後輩にはそういうおじさんにはなってもらいたくないですからね。
ちょっと厳しく言っちゃったんですよ。
分かって欲しいな。

たいていの仕事は一つの仕事をスタッフたちと一緒にしています。
その意味で、一緒に大きな円を描いているのです。
ひとりひとりは、大きな円の円弧を描いているのです。
きれいな円にするためには、コンパスの針を中心にしっかりと突き刺さなければいけません。
針がずれると、きれいな円にはならず、がたがたな円弧になってしまう。

日付を明確にすることは、コンパスの針を中心にしっかり突き刺すことなんです。
スケジュールを守るって、結局のところそういうことなんだと思います。
やるべき時にやるべきことを確実にこなしていく。
タイミング・イズ・マネーだからね。
中心をずらさないで大きくきれいな円を描く。
それがみんなでいい仕事をしていくコツなんだと思うのです。


週末にXFEL動力盤改修を行いました。
日程を決め、そこに向けてスタッフ一丸になって追い込んでいく。
スケジュール通りに完了し、満足、満足!

2010年12月15日水曜日

誰もがリーダーになれるわけじゃない


こんにちは

11月に会社で受講した(義務!)リーダーシップ研修の講師の方から、こんなコメントをいただきました。

 関口さんは、明朗な人柄と積極的な働きかけにより周囲を盛り上げていける力を有しています。
 集団場面では、率先して飾り気のない発言をすることで場の参画姿勢を醸成したうえ、
 ユーモアあふれた発言によりチームのムードを高めることに貢献しました。
 ただし、ある程度の成果で満足し、より高みを目指すという言動は希薄でした。
 一方で対人場面では、面接で相手に気づきを与えることはできないという、
 自身の信念を貫き説得行為を選択せず、あたり障りのない面談に終始しました。
 最終的には、時間を大幅に残して自ら面談を取りやめました。
 今後は、自身の価値観に固執し過ぎたり、成果の獲得を途中であきらめたりすることのないよう、
 目標達成への責任感を今まで以上に高めてください。

嬉しいですねー。
ぼくが思う自分と、講師の方から見たぼくがほぼ一致しています。

この研修ではロールプレイなんてのをやったんですよ。
その課題は、成果は上げているけど会社の意向と違ったことをするスタッフに、会社の意向通りにさせようと、そのスタッフの上司に当たる人を説得する、というもの。
なぜ成果を上げているのに会社の意向に従わせないといけないの?
なぜその人本人じゃなくて、その上司を説得しなくちゃいけないの?
状況説明書を熟読しても、その意図がよく分からないし、納得できなかったんです。
自分で納得できないモノに対して、いくらロールプレイという仮想劇だとしても、熱を入れてやることはできませんでした。

というわけで、上のような講師の方のコメントになったわけですね。
ぼくのモットーは「創造的無能」。
強い部分だけじゃなく、意図的に弱い部分もつくっているんです。
ムードメーカーとしてチームをエナジャイズすること。
でも自分の意に反したことはしない。

このリーダーシップ研修って、参加者全員をリーダーにしようと思っているらしい。
この研修でも、自分の行動特性を心理学的に理解するという課題もありました。
DiSC理論では、人の行動特性を「D;主導型」「i;感化型」「S;安定型」「C;慎重型」に分類します。
このうちリーダーに向いているのは、D型かi型。ぼくはi型でしたよ。
人は誰でもこれらのモザイクですが、強い弱いがあります。
S型やC型が強い人は、D型かi型の特性をトレーニングで強めて、リーダーになろうというわけです。

でもね、誰もがリーダーになれるわけじゃないし、なりたいわけでもないですよね。
ある程度はトレーニングできるかもしれませんが、人間の根本の心理特性はあまり変わらないものです。
根本と異なることをやると、やっぱり苦しいので、長続きしないものです。
リーダーに向いていないのにリーダーを続けるのは辛いですよ。
短期間なら頑張れるかもしれませんが、いつかは破綻する。
結局のところ、会社の生産性を下げてしまうのです。
それは、本人にとっても会社にとっても不幸なことだと思います。

高橋俊介『スローキャリア』PHP¥1300-にこんな話が書いてありました。

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『盲導犬クイールの一生』という映画がある。かなり話題になったのでご覧になった方も多いと思うが、この映画でクイールを演じた犬は、ほんとうに盲導犬の訓練を受けた犬だという。
しかし現実にはトレーニングの最終段階で失格となり、ついに本物の盲導犬にはなれなかったそうだ。
技能が未熟など、訓練の過程で盲導犬になれずリジェクトされる理由は幾つかあるが、とくに動機に問題がある場合、その犬は盲導犬として長く続けることは困難なので、それがはっきりした時点でリジェクトされるらしい。
簡単に言うと、同じゴールデンリトリバーでも、相手のペースに合わせて歩くのに動機を感じるタイプと、自分のペースで走りまわりたいタイプの二種類がいて、後者だと、いくら技能はしっかり身についていても、人間で言えば自分を偽って働くことになるのでどこかに無理が来るし、なかには燃え尽きてしまう犬もいるらしい。
そうなると犬も人どちらにとっても不幸なので、早めに見つけてリジェクトするのである。
そして、今まではこのような犬のことをリジェクト犬と呼んでいたが、最近ではキャリアチェンジ犬と言い換えているそうだ。
盲導犬としての適正はなかったが、犬として失格というわけではないのだから、この言い換えはきわめて正しい。
こういう考え方は、人間の社会にもぜひ広めて欲しいものである。(210p)
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ぼくも犬だけの問題じゃないと思います。
訓練できる部分と、変わらない部分が人間にもある。
変わらないのは「動機」に関わる部分ですね。
これをやりたい、あるいは、これはやりたくない、という部分。
ここは生涯変わらない、変わりたくない、変えられたくない部分なんでしょう。
自分を偽ることになるからです。
短期間なら自分を偽ってでも成果を上げることができるかもしれませんが、継続は無理なんです。
楽しんでできないですからね。
だって、本当はやりたくないんですから。

一番効率的で生産性を上げられるのは、その人が楽しんでやれる仕事をしているときです。
それが「適材適所」です。
適材適所に配置することこそが「人事」なんだと思います。
だから、誰もをリーダーに育てよう、全員をリーダーにしようとしたら間違いの素だと思います。
自分自身でも自らが楽しんでやれる仕事ができるように、コントロールすることが大切だと思います。
もちろん楽しんでやれて、かつ会社にも貢献できることです。
そのポジションまでは昇進すること、そして、そのポジションに留まること。
それが「創造的無能」の極意なんです!


筑波細胞研究リソース棟も内装工事が佳境です。
現場は楽しいなー!

2010年12月13日月曜日

終了時刻を決めよ!


こんにちは

先週は筑波キャンパスに建設中の細胞研究リソース棟の設計変更清算処理をしました。
我が社の研究棟工事においては、補正予算などで設計期間が短すぎるためと、施工が始まってからも研究計画がちょこっと変わったりするため、設計図通りに造るわけにはいかないのです。
間仕切りを変えたり、コンセントを増やしたり、空調温度が変わったり、そんなことばかり。
なので最終的に工事費の精算をしないといけない。
でも財源は一定ですから、その枠内でやりくりする。
こういう事務手間も必要なんです。

ぼくらエンジニアは、右手で技術を、左手でお金を握っている。
技術だけ素晴らしくても、コストに見合ったモノを造らないといけない。
逆にお金儲けだけで、技術が伴わないモノもダメ。
エンジニアというと技術ばかり言う人のように思っているかもしれませんが、そうじゃなくて、お金の算段もきちんとできる人が優秀なエンジニアなんです。

で、その設計変更清算処理もやるタイミングがあります。
研究者からのリクエストを締め切ったあと、施工図や製作仕様書をFIXさせたあとにやるのは当然。
でもあんまり工期末までダラダラやってはいけないんです。
最後の仕上げ工事が忙しくなる前にやる。
人間の能力には限界があります。
工事もしっかり監督し、同時に事務処理もやるなんて、無理です。
同時にやっても、どちらも中途半端になっちゃいます。
工事も最後の仕上げが一番大切です。
その時期はスタッフたちに工事に専念してもらいたいんです。
だから最後の仕上げ工事に入る前に、事務作業を終わらせておく。
清算処理が終わってお金のめどがついていれば、安心して最後の仕上げ工事に取り組めます。
お金のめどがついていないと、職人さんたちに支払う賃金もアバウトなものになりがち。
金額が確定しないで働かされる職人さんの気持ちになってみましょう。
いくらもらえるかわからないなら、なるべく損のないように、手を抜くのは当たり前。
金額がきちんと決まっていれば、その金額に見合った仕事をするのがプロ。
施工もきちんとしたものになります。
こうなれば美しく、完成後のトラブルも少ない工事を完成させることができるんです。
つまり「タイミング・イズ・マネー」なんですよ。

打ち合わせや作業など、手帳に日時を記載します。
その時に開始時刻しか書いていない人が多いようです。
ぼくは予定を立てるときに、必ず「終わりの時刻」も決めることにしています。
筑波での清算処理事務でも、始めるときに「今日は4時のバスに乗って帰ります」と宣言しました。
「なので、午前中に強電関係を終わらせましょう」とね。
終わりの時刻を決めることによって、何をいつまでに終わらせなければならないか、目標がはっきりします。

ついでに言うと、ぼくは「持ち帰り仕事」は絶対にしません。
現地で完了させてしまうようにしています。
現地で終わらないなら持ち帰って、自社、あるいは自宅で仕事するなんて人もいます。
これ、効率悪いですよー。
自社や自宅では終了時刻を決める必然性がなくなるので、どうしてもダラダラ仕事になりがち。
それに現地じゃないと分からないことがあっても、見たり調べたりすることもできない。
すると仕事の品質までも落ちてしまうのです。
ともかく現地でやるべき仕事は現地でやりきるのが大切。
出張先での仕事なら、帰る時刻も決まっています。
終わりの時刻を意識しやすいので、仕事も合理的、効率的にならざるを得ない。
現地なので現物もあるから、それを見ながら検討もできる。
なので仕事の品質もよくなるんです。

梅森浩一『超絶!シゴト術』マガジンハウス\1300-にこうありました。

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できるだけ予定していた会議や打ち合わせでは、「先へ先へと進める」ことを心がけたいものです。
つまり、「次回予定していた打ち合わせ分まで、今回やっちゃったね」という状況をつくることが肝心です。
言い換えれば、それはあなたの有能さのアピールとも言えます。
その結果の”ごほうび”として、あなたが「今週、再度予定していた打ち合わせを取りやめて、来週行うことになった」としても、誰もがそんな変更を歓迎しこそすれ嫌がる人はいません。
つまり、「なにもしない時間」とは「一生懸命先にやってしまうからこそ生まれる」ということを、ここでしっかりと理解しておきましょう。 (113p)
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終わりの時刻を決めないと、いつ終わるのかあいまいになってしまいます。
終わる時刻が不明確だから、予定も午前1件、午後1件くらいしか入れられません。
すると、だらだらと打ち合わせや作業をすることになりがちです。
また、極端に早く終わっちゃって手持ちぶさたになる。
あまりに早く終わってしまうと、ダラダラしちゃうのもかっこ悪いから、しなくてもいい仕事をしちゃったりしてね。

終わりの時刻を決めると、より一日はビシッとします。
その打ち合わせや作業の内容を事前によく吟味して、終わらせるに必要な時間を見積もります。
ある程度の余裕を持って、終わりの時刻を決めます。
終わりの時刻を決めて、その後まだ必要十分な時間があったなら、別件も予定に入れられます。

打ち合わせや作業を開始したら、常に終わりの時刻を意識してバリバリこなします。
時間を意識した仕事は、合理的にならざるを得ません。
ほぼ見込み通りの時刻に終わらせることができるようになります。

時々は、数十分余る。
これを自分へのご褒美にするんです。
だらだらやって長い時間が余ってしまうと、後ろめたさが先に行ってしまい、どうでもいい仕事を始めざるをえない。
ところが、バリバリ一生懸命やって余った時間なら、気兼ねなく自分のために使えます。
ゆっくりコーヒーを飲んでもいいし、気になっていたことを調べるのでもいい。
非常に心に余裕が生まれます。
自分だけじゃなく、スタッフみんなの時間を生み出します。
時間のゆとりは心のゆとりになり、いい仕事につながっていきます。

手帳には終了時刻も書き込む。
仕事を始めるときに、終了時刻を宣言する。
ぜひ一度、お試しあれ!


SPring-8もすっかり冬の空になっていました。

2010年12月8日水曜日

心配するな、前へ進め!


こんにちは

今月もかなりハードワークです。
我が社で今、全国の事業所で建設中の研究棟は、どれも昨年度の補正予算での工事。
なので全部が年度内に完成させなくちゃなりません。
同じ時期での完成ですから、工事の山場も同時期に来ます。
今月は受電が集中しています。
電気設備工事にとって受電は最大の山場です。
電気が来ないと機器類の試運転調整ができない。
事故なく、安全に、スケジュール通りに受電させていかなくちゃ。
迷ってなんかいられません。
決めることはビシッと決め、ちょいと強引に各工事を牽引していっています。
時々「ちょっと勝手すぎる」なんてお叱りを受けることもあります。
でもそれはぼくにとって褒め言葉。
勝手とは自由闊達ってことですからねー。
勝手だろうと何だろうと、前に進まなくちゃならないんです。

どこの職場にも仕事が遅い人はいますよね。
そういう人はグータラで怠け者かというと、たいていはそんなことはなくて、真面目で一生懸命だったりします。
黙々と仕事をしているようですし、残業もしていたりする。
だけどアウトプットがなかなか出ない。
なぜ?

そういう人を観察してみると、黙々と作業しているように見えて、実際手はあまり動いていないんです。
どうやら悩んでいるらしい。
あれこれ一人で悩んだり迷ったり心配している。
作業をするより、そういう悩んでいる時間が長すぎるためにアウトプットにつながっていかないようなんです。

渡部昇一『思考の方法』海竜社\1400-にこうありました。

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人生で、心配したことの80%は起こらないという。
人生には、大小を問わず、いろいろな心配事がある。心配し始めたらきりがないほどだ。
しかし、その大部分は杞憂に終わるものらしい。こう考えれば、闇雲に心配することはなくなるのではないだろうか。残り20%が現実になったとしても、それはどのときだ。どんと構えていればいいのである。
そして、不思議なことに、そういう前向きな気持ちでいると、残り20%もたいてい現実にならずにすむものらしいのだ。
ときには、自分の力ではどうにもならないこともあろうが、大方は、気の持ちようでいくらでも防げるものなのである。
世の中には、「心配すること」を「考えること」と思っている人が多いように思う。
しかし、考えるとは、闇雲に心配することではない。
直面している問題について、建設的な考えを積み重ね、先の歩み方を編み出すことである。(188p)
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何かをやろうとすれば、心配なこともたくさん出てくるのは当然です。
まして新しいことをやるときは、恐怖で足がすくむような思いもします。
だからといって立ち止まってしまってはいけません。

渡部さんの言うように、たいていの心配は「杞憂」に過ぎないわけです。
起こらないこと、起こる確率が低いことまで、あれこれ心配して考えるのは無駄。
それよりもリスクの高い心配事に集中した方が合理的です。
いくら考えてもわからない心配事だってあるんですよ。
その姿形がもやもやしていて、どう対処したらいいか分からないような心配事もあるわけです。
だからといってその場に立ち止まったままではダメなんですよね。
先ずはやり始めてみる。

やり始めると、心配事はその輪郭をクッキリさせてくるものなんです。
行動すると、モノゴトは具体化してくるんです。
もやもやしているから余計に心配になるんです。
輪郭がクッキリしてきたら、対処法も分かってきます。
調べたり誰かに聞いたりもできる。
そうすれば、心配事は消えていくもんなんだと思います。

リスクを避けるために心配するのは、人間に本来備わった力の一つなのは間違いありません。
でも心配しがいのある心配なのか、意味のない心配なのか、仕分けることは大切です。
意味のない心配に拘泥して立ち止まるのではなく、リスクを避けつつ動き出してみる。
動き出してみると周りの風景、すなわち諸条件も変わって見えてくるものです。
心配があるから前へ進めない、のではなく、前へ進むから心配も減っていくのだと、ぼくの経験上からも確かに言えることだと思っています。


和光キャンパスには一級河川である谷中川が流れています。小川なんですがね。
休日作業の合間に夕日を映した谷中川がふと目がとまりました。
あんまりきれいだったのでシャッターを押しました。
そんな心の余裕は無くさないようにしたいですね。

2010年12月7日火曜日

ツッパリ君はなぜそり込みを入れるのか


こんにちは

昨日は和光研に建設している脳センター新棟の受電でした。
ぼくはこの建物の電気設備の監督員ですから、責任者ですので、一日中ずっと立ち会いしました。
スタッフの人たちも段取りよく進めてくれたので、とてもスムーズに作業が進みました。

まあぼくもこの仕事を15年もやっていますし、電気保安を司る電気主任技術者の仕事も長くやりましたので、そりゃーちょっと不備なところも見えてしまいます。
以前だったら「おい、ここを直しておけ!」みたいに怒ったんですが、ぼくはもう「怒りキャラ」を卒業することにしたんです。
穏やかに「ここ直しておいてね」と言うようにしました。

最近はとんと見なくなりましたが、以前ツッパリ君たちは額に「そり込み」を入れていましたよね。
おでこの生え際にM字型にそり込みを入れる。
なんであんなことをするんでしょうか。

呉清忠『からだの取扱説明書』サンマーク出版\1600-にこう書いてありました。
著者の呉さんは台湾のエンジニアで、中国医学をエンジニアリングと見て人の体を説明している本です。

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多くの病気と同様、長期間の怒りの感情は体に痕跡を残します。
一見して性格が荒くて怒りやすい人は、多くの場合、頭部が薄くなり、もっとひどい場合は、頭頂部の形さえも変わってしまいます。
怒りの程度が軽めだと、前髪がM字型に薄毛になりやすくなり、このような人は短気な性格の持ち主が多いのです。
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なるほど、なるほど。
昔のマンガによく登場したハゲオヤジ。
よく怒っていましたよね。
頭から湯気を出し、こめかみに血管浮き上がらせて。
沸騰したヤカンのようにね。
つまり、ハゲは怒りのシンボルなんですね。
たしかにぼくの身の回りの人たちを見回しても、ハゲオヤジほど怒りっぽく、いつも何かに不満を持っていたりします。
つまり、ハゲだから怒るのではなく、怒るからハゲるのですねー。

で、往年のツッパリ君たち。
このことをシンボライズしていたんですね。
怒りのシンボル、短気であることをアピールするためにそり込みを入れた。
なるほど、納得です!

同書にはこうも書いてありました。

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中国医学による分析では、癇癪を起こしたとき、「肝臓の気」は上昇して頭頂部までの昇り、頭頂部を発熱させるので薄毛になりやすくなります。
怒りを激しく爆発させると、肝臓内で出血することもあり、さらにひどくなると吐血することさえあります。
この吐血は肝臓からの出血で、怒りの程度が軽いと肝臓内にたまり、時間が経てば血瘤になります。
これは読者の皆さんを脅かしているのではなく、事実なのです。
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うわあ、恐ろしい!
怒りはハゲを導くだけじゃなく、内臓にも悪影響を与えるんですね。
人生の折り返し点をすぎたぼくにとって人ごとではありません。
ぼくは孫の顔を見るまで長生きしたいんです。
ならば怒るのは止めよう、と決意したんです。

同書によると、直接的な怒りだけではなく、心の中にため込んでいる不満も体に悪いそう。
おとなしそうな人が、胃潰瘍や十二指腸潰瘍になったりしますよね。
その人はおとなしそうに見えても、内面で常にイライラを募らせている。
そのイライラが病気を呼び込んでいるのだそうです。

だから穏やかにハッピーに暮らさなくちゃ。
怒りキャラはもう卒業なんです。
実を言うと我が家はM字ハゲ家系なんです。
ぼくもかなりM字が来ちゃってます。
おまけに頭頂部の冷却能率も上がってきています。
怒りキャラを卒業することによって、これらの進行も遅らせることができるかもしれませんぞ!

先週末は神戸研に建設中のiPS細胞研究棟へ送電する高圧分岐引き出し工事立ち会いでした。
狭い場所での作業ですが、落ち着いて念入りに施工したのでバッチリでした。
もちろん、怒ることなく完了しましたよ。

2010年12月6日月曜日

学力の要は小学校にあり


こんにちは

最近、暴走族がいなくなったとおもいませんか。
もちろんいないに超したことはないんですが、ホント静かになっちゃいましたよね。
道路交通法が改正され、取り締まりが厳しくなったからということもあります。
でもそれだけじゃないんです。
最近の不良は、免許も取れないぐらい勉強ができないんですよ。
だからバイクに乗れないんです。
暴走族も、やり方は間違っていますが、ある意味社会への反抗、レジスタンスです。
レジスタンスするにも学力、知性は必要なんです。

旧ソ連や独裁国家で国民を粛正させるために、まず最初に知識階級を暗殺したり、強制労働所に送ったりします。
それは為政者にとって知識のある人が恐いからなんでしょう。
知識のない人々は革命なんか考えず、為政者の言うがままに働く。
従順でおとなしいわけです。
運命を受け容れ、流されるままに生きていくしかない。
でもそれでは国の発展もなくなってしまいますよね。

上田渉『勉強革命』マガジンハウス¥1400-を読みました。
上田さんは高校生の時、偏差値30から奮起して東大に合格した。
政治家になって人々の役に立ちたい、そのためには東大に行くのが近道だ、と考えてね。
で、上田さんはどういう方法で勉強したのかに、ぼくは興味があったんですよ。

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覚えるものをすべて文章にまとめて、それを音読するという基本的なテクニックはどの教科もすべて同じです。
読んで問題を頭に入れること。他人に説明するつもりで読むこと。
他人に説明できないということは自分も理解していないことになるので、それが一番簡単なチェック法になります。(34p)
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ひたすら基本事項を繰り返し音読することによって、理解し、脳に定着させていった。
オーソドクスでいい方法だと思います。
が、ぼくは気づきました。
「覚えるものをすべて文章にまとめて」というところです。
ここに至るまでに二つの段階を経ているのです。

1.何が重要か分かる
2.重要事項を要約する

これってすでに知性が備わっていないとできないことです。
だから上田さんは偏差値こそ30だったかもしれませんが、それは中高校の勉強をきちんとしていなかっただけ、覚えるべきことを覚えていなかっただけで、勉強の基礎は持っていたってことです。
そうじゃないと、何が重要かがわかり、それを要約することはできないからです。

この本を読み進めていくと分かりました。
上田さんはいわゆる中高一貫進学校に在籍していたんです。
つまり中学受験はしっかりやっていたのです。
小学校までで修得すべき事項は、十二分に身に付いていたのです。
ただ、中学に入って何のために勉強するのかがわからなくなり、親や学校への反抗、反動として勉強しなくなり、高校生になるときには偏差値30になってしまっていただけなんです。
なので、何のために勉強するかがわかったとき、今までの遅れを取り戻すことができたんです。
偏差値30から東大受験できるレベルまで強引に学力をつけなければならないからです。

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そこで、中学生用の参考書を買ってきて、授業中もひたすら自習することにしたのです。
何も分からないから、そのレベルからやり直したわけです。(43p)
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小学校までの基礎がある。
その上で情熱さえ持てば、こういうがむしゃらなやり方でも挽回できるのです。
でも小学校までの基礎がないと、あとからの挽回はとても厳しいですよ。
情熱を持っても、そのモチベーションを維持できないんです。
だって基礎がないから先に進めないからです。
中学の参考書からやり直しても、1日に何ページも読破していけるから、モチベーションも続くのです。
1日に1ページも進めない状況で、情熱を維持なんかできるものではありません。

陰山英男『百ます計算の真実』学研新書¥740-にもこう書いてありました。

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生徒指導において、もっとも重要なのは心の教育であるとか、あるいは子どもへの関わりであるとか言われていますが、実は違います。
まず必要なのは、小学校でやっておかなければならない学力をしっかり身につけさせることなのです。
そして、もう一人、大阪府教育委員会特別顧問として活躍していただいている藤原和博さんも、同じ思いをもたれています。
民間人校長として東京都杉並区立和田中学校に赴任され、「よのなか科」という、いわゆる総合的な学習を実践していながらも、やはりもっとも重要なのは小学校3~4年生までの基礎的な計算力などの、基礎基本の力だということをおっしゃっていました。(169p)
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中学では手遅れ。
藤原さんもそう言っていたんですね。
「よのなか科」という総合的な授業を楽しみ、自分の実にするためにも小学校で習う基礎基本は絶対に必要なんだって。
最近の子どもたち、若者、特に男子がおとなしい理由のひとつは、きちんとした基礎学力が身に付いていないからなんじゃないかって、ぼくは思います。
引きこもり、ニート問題の原因にも、基礎学力不足があるんじゃないかって。
基礎学力がないために、たとえ何かをやろうと思っても情熱を燃やし続けることが出来ず、すぐ挫折してしまう。
なので自分に自信が持てない。
自尊心のない若者が増えてしまったのではないか。

蔭山さんの師匠である100ます計算の生みの親、岸本裕史さんは「最低限の学力」をこう定義しています。

 ・運転免許が取れるか
 ・住民票を自分で書けるか

運転免許が取れれば、まず間違いなく仕事に就くことができます。
給料を得ることが出来、自活していくことができます。
住民票が自分で書ければ、すむ場所を自分で決めることもできるのです。
自分の能力を生かせる場所に、自分の意志で動いていける。
ならば自分の人生を自分で切り拓いていけるってわけです。
どちらも小学校で習う基礎学力が身に付いていれば可能なんです。

我が子たちに暴走族や革命家になってほしいとは思いません。
でも世の中を良くしていく変革者にはなってほしい。
そこまで行かないとしても、自分の人生を自分で作り出していける人間、自ら幸福を追い求めることができる人物になってほしいのです。
そのためには心身の健康とともに、きちんとした学力も必要ですね。
だからぼくは小学校が一番大切だと思っています。
親が手をかけれられるのは小学校まで、と思っています。
中学以上になったら、子ども自らがどうしたいのか、どうすればいいのかを決めなくちゃいけない。
小学校さえきちんと学び終えておけば、中学高校、はたまた大学、成人になっても、偏差値30からだって十分やり直すことができるんですから。

2010年12月5日日曜日

自尊心を育てる戦略


こんにちは

いきなりですが池田清彦『そこは自分で考えてくれ』角川学芸出版¥1400-から引用します。

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今の先生は夏休みも学校に行かされているらしい。
生徒もいないのに学校に行ってどうするのか。
クーラー代がかかるだけではないか。
学校がはじまれば、教育委員会とモンスターペアレントという二種類の敵に挟撃されて防戦を余儀なくされるのだから、夏休みぐらいゆっくりさせてやればよいのにと私は思う。
オレたちの税金でやとっている公務員である教員を遊ばせてなるものかと思っている非寛容な人が結構多いのかもしれないね(そういう人に限って税金を払ってなかったりしてね)。
しかし、人間は機械ではないから、いじめられればいじめられるほど、働かなくなるのである。
働いたふりだけはうまくなるかもしれないけどね。
かくして現場の教師をしめつければしめつけるほど、教師は真面目に働かなくなる。(32p)

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今や教師受難の時代ですね。
何かというと学校、教師に文句をつける親が増えている。
それもあまりに自分勝手な理由でね。
それで教育効果が上がるならまだしも、反って教師のやる気を削ぎ、教育効果を下げているとしか思えませんよ。
とても損なやり方だと思います。

子どもをダメにする育て方をお教えしましょう。
それは「お前はバカだ」「ダメだ」「もっとちゃんとしろ」と言い続けて育てること。
こう言い続けて育てると、確実にバカでダメでだらしのない子どもに育ちます。
なぜなら子どもの自尊心を破壊するからです。
親や教師は子どもをもっとしっかりと育てたくて、往々にしてこう言い続けてしまう。
善意で言っていると勘違いしてしまうのです。
でもこれ、逆効果なんですよ。

自尊心とは自らを尊ぶ心です。
他人から否定的評価を受け続ければ、自分を尊ぶ心なんか生まれるわけがありません。
その結果、「どうせぼくはバカなんだ」「ダメな奴なんだ」「生きる価値なんかないんだ」と思うようになる。
そう思い込んだ子どもが、ちゃんとしよう、しっかりしようと思うわけがありません。

もちろん時々は叱らなくちゃならないこと、子どもを正さなければならない時もありますよ。
そういうときはちゃんと叱る必要がある。
でも子どもの側に自尊心が育っているからこそ、叱ることも効果的になるのです。
自尊心のない子どもをいくら叱っても、のれんに腕押しになるだけです。

これは子どもだけではなく、大人だって同じです。
バカだ、ダメだ、ちゃんとしろと言われ続けて、やる気になる人間なんていません。
大人だから、叱られない程度に適当にやりすごすようになるだけです。
よくダメな部下をガミガミ叱るばかりの上司がいますが、これは部下をダメにしているだけです。
いい上司はたとえ叱ったとしても、結果的に最後は褒められるところまで部下を持って行っています。
ぼくのよく怒る元上司もそうでしたよ。

自分は最も大切な資源(リソース)ですが、何よりも大切なのは自尊心だと思います。
大人だって、自尊心を育み、守るために自分でも努力していかなくちゃいけない。
リスクを避け、致命的な失敗をしないよう注意して、小さくてもいいから成功体験を重ねる。
オレってなかなかやるじゃん、という気持ちを持てるようにする。
そしてやがては周りの人たちにも認められるようになる。
自尊心が高まり、やる気も十分。
心が健康になります。
すると身体だって健康にもなるわけです。

自尊心が満たされた人は、周りの人たちも大切にするようになります。優しくなるんです。
だって、周りの人たちは自分を助けてくれる人なんですから。
よりよく助けてもらうためには、周りの人たちの自尊心を損なうような言動は慎まなければなりません。
そんなことをすれば、反って自分が損であることが分かっている。
もちろん不正なことや邪悪なことには厳しく対処しないといけませんよ。
一部の人が不正である場合、それを放置すると、その他大勢の自尊心を破壊しますからね。

現代日本人の多は、人は厳しくすればちゃんとするものだ、と誤解しているようです。
それはたぶん、自分たちもそういう扱いを受けており、自尊心が破壊されているからなんかないか。
それで、他人も同様に扱ってしまう。
他人を粗末に扱うことによって、自分の不満を少しでも解消しようとする。
損得や合理性よりも、そっちを優先してしまう。
それは自らの自尊心がないからなんだと思います。
モンスターペアレンツと呼ばれる人たちは、そうなんだと思います。

さて、学校の先生の話に戻ります。
教育委員会もモンスターペアレンツも、自尊心を育むという重要な教育原理を知らないようです。
自尊心を破壊された教師はどうなるでしょうか。どういう行動を取るようになるでしょうか。
教師もモンスター化するので、当然、子どもたちの自尊心を破壊しようとするでしょう。
そのために子どもの些細な欠点ばかり見つけるようになるでしょう。
欠点をあげつらって、直接的には「バカだ」「ダメだ」とは言わないかもしれませんが、そういうメッセージを子どもへ送り続けるでしょう。
ああ恐ろしい。。。

我が家はこういう損なことはしないようにしたいです。
だって我が子たちを健全に育てたいから。
心も体も頭も健康にしたい。
だから我が子をよく褒め、褒めるに値するようなことをさせ、それが出来るように訓練する。
先生、近所の人たち、お友達など我が子を共に育てていく人たちも大切にする。
それが戦略なんです。

溌貴君は幼稚園のお遊戯会で「終わりの言葉」に大抜擢!
素晴らしい!

かわいげのある人になる技術


こんにちは

先週末、職場で餅つき大会を開催しました。共済会(互助会)主催です。
10年以上前までは毎年末の恒例行事だったんですが、しばらく途絶えてしまっていました。
衛生上の問題もあったり、何より勤務時間中にレクレーション行事をやるようなご時世ではなくなってしまったからです。
でもそれは寂しいこと。
やっぱり時には職場のみんなが集う機会があった方がいい。
同じ職場に勤めながら、知らない人ばかりというのは寂しいですよね。
まして我が社は研究所なので、こういう機会がないと人間関係は自分の属する研究室だけになりがち。
一緒に餅をついたり、食べたりして、顔見知りになる。
それで異分野の人とも知り合い、共同研究やキャリアビルドにつながることもあると思うわけです。

昔のように大々的にはできませんが、出来る範囲での開催。
退勤時間後、イベント会社などを活用して、去年から餅つき大会を復活させたんです。
ぼくが労組委員長を引き受けた大きな理由も、餅つき大会を復活させたかったから。
幸い去年ぼくは共済会の幹事にも選ばれました。
共済会会長である総務担当理事も餅つき大会を復活させたい意向もあったので、ぼくも実行可能なアイデアをあれこれ出しました。
最初は、衛生面がどうの、勤務時間がどうのと言っていた他の幹事も、最後は「労組委員長が協力するっていうなら、やってみましょうか」と言ってくれたんです。
やったー!

今年もなかなかに盛況でした。
1000人以上の人たちが集まってくれましたよ。
もちろんぼくは餅つき役を引き受けました。
我が家も家族で参加。
お餅を美味しそうに食べたり、幸せそうな顔をして会場を出て行く人を見て、我が妻も「よっちゃん、いいことしてるよ!」と褒めてくれましたよー。
ハッピーですねー。

さて、仕事をしていていつも思うことがあります。
いい仕事をしているように思える人と、できないように思えちゃう人がいる。
両者は、ほぼ同じ内容と質の仕事をしているにも関わらず、そう見えちゃうんです。
一方はできる人に、もう一方はダメな人に。
それは、アピールの仕方の上手い下手だとしか思えません。

たとえば、上司から何か仕事を頼まれたとき。
にっこり笑って受け取るか、嫌な顔をして受け取るか。
どうせやらなくちゃならない仕事なら、にっこり笑って受け取った方がいい。
その方が得をしますよね、当然。
嫌々引き受けてもらうより、喜んで引き受けてくれる人の方が好ましいのは当たり前。

あるいは、郵便局に行く用事があるとき。
黙って自分の用事だけしに行くか、行く前に一声「郵便局に行くけど何か用事ありませんか」とみんなに声をかけるか。
誰も用事がなかったとしても、声をかけてもらえば好印象を持ちますよね。

あるいは、難易度の高い仕事を任されたとき。
自分一人でヒーヒー言いながらやるのも大事ですが、ちょっと先輩に相談したりして手を借りちゃう。
人は誰かに頼られることが基本的に好きです。
頼られると自尊心を満たされるからかな。
そして出来る人ほど誰かから頼られるのが嬉しいんです。
頼られれば絶対に手を貸してくれるものです。
ついでに先輩の技を盗んじゃう。
そうやって自分の実力以上の仕事をやってしまうことができるんです。

要するに、「かわいげ」のある人の方が得をします。
かわいいと言っても、決して美人の若いねーちゃんの話じゃありませんよ。
いい歳したおっさんでも、かわいげのある人っているんですよ。
そういう人は、いい仕事をしているように見えちゃうんです。
課長とか部長とかかなり偉いポストの人でも、かわいげのある人はいます。
むしろ、偉い人の方がそういう人の存在割合が高いような気もします。

ハイブロー武蔵『ツキを絶対につかむ行動法則42』大和書房\1300-に、「可愛がられる要件」が書いてありました。

 ①「ハイ、わかりました」と素直に言える。
 ②笑顔が自然に出る。
 ③自分の仕事で手抜きをしない。
 ④自分の得することばかりを考えない。
 ⑤仲間、同僚に信頼されている。ウソをつかない。
 ⑥時間にルーズでない。相手の時間を気にすることができる。
 ⑦自分を成長させようという意欲が感じられる。(61p)

要は「誠実」にやることですね。
誠実って、相手の立場を尊重するということなんですよね。
だから人は、誠実さを好ましいと思い、かわいげを感じるものなんでしょうね。
ぼくも自分の仕事はもちろん、職場のみんなのため、もっと広く世の中のためになることも、自分の出来る範囲で誠実に一生懸命やって、かわいげのあるおっさんになりたいと思います。


我が息子、溌貴君、野依理事長とも写真を撮ってもらいましたー。
お隣はぼくの妹です。
ハッピー、ハッピー。

2010年12月2日木曜日

暇な人ほど忙しい


こんにちは

先日、社員食堂で他部署の人から声をかけられました。
「○○さんに△△について調べてくれるように頼んでいるんだけど、全然返事をくれないんだ」
調べて欲しいことの内容を聞いてみたらぼくでも調べられそうなことでした。
「それならぼくが調べておくよ」と返事をしました。
手帳を見て調査に必要な時間がとれる日を見つけ、期日の約束をしました。

約束通り期日に回答して「仕事を頼むときは忙しい人に頼むといいよ」と言いました。
その人は「だって関口君はいつ電話してもつかまらないからさ」だって。
確かにぼくはあっちこっちうろうろしていて、電話じゃめったにつかまらないのは事実ですが。。。

外山滋比古『子どもを育てる絶対勉強力』幻冬社文庫\495-にこんなことが書いてありました。

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ヨーロッパに、”忙しい人ほどヒマがある”ということわざがある。
忙しい人は集中して手早く仕事をしてしまうから、そのあとに、自由な時間ができる。
それにひきかえ、ありあまるほどの時間をもっている人は、ちょっとしたことでもダラダラしている。
いつまでも終わらないから、かえってヒマがなくなり忙しい思いをする。
そういう逆説を述べたものである。
『パーキンソンの法則』という有名な本に、こんなエピソードが出てくる。
有閑、富 裕なあるおばあさんが、姪のところにはがきを書こうと思い立つ。
姪は避暑先にいる。
アドレスをさがして20分。
文面を考えて45分。
書き上げた手紙を投函しにポストまで行くのに、洋傘をもっていくかどうかを考えて20分。
しめて1時間半近くかかる。
時間がいくらでもあるからで、忙しい人ならすべてが3分で終わる。
時間は必要だが、ありすぎると、よろしくない。
すくなくとも、あると思うのがいけないのである。(25p)
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確かにぼくの周りの人たちを見ても、それほどの仕事量を抱えているわけじゃない人ほど「忙しい、忙しい」と言っている。残業も多いように思います。
スタートが遅かったり、段取りが悪かったり、集中力が悪かったりして、締め切りぎりぎりになっても必要な仕事が終わらない。
そんな仕事がいくつも重なってしまうので、忙しさが累積するという悪循環に陥っているのです。

それに対して、大量の仕事をバリバリこなしている人の方が、暇そうに見えたりします。
やはり、集中力と段取り力なんでしょう。
段取りよく集中してやれば、時間を合理的、有効的に使えますから、余裕が生まれます。
余裕ができれば、プライベートなことにその時間を振り向けることもできますし、新たな仕事にもチャレンジすることができます。
そうすればさらに能力も上がって余裕が生まれる、という好循環となるというわけです。


和光脳センターの新棟も外部足場が外れ、だんだん出来上がってきました。
忙中閑あり、であと一踏ん張りがんばっていこうと思います!