2010年12月8日水曜日

心配するな、前へ進め!


こんにちは

今月もかなりハードワークです。
我が社で今、全国の事業所で建設中の研究棟は、どれも昨年度の補正予算での工事。
なので全部が年度内に完成させなくちゃなりません。
同じ時期での完成ですから、工事の山場も同時期に来ます。
今月は受電が集中しています。
電気設備工事にとって受電は最大の山場です。
電気が来ないと機器類の試運転調整ができない。
事故なく、安全に、スケジュール通りに受電させていかなくちゃ。
迷ってなんかいられません。
決めることはビシッと決め、ちょいと強引に各工事を牽引していっています。
時々「ちょっと勝手すぎる」なんてお叱りを受けることもあります。
でもそれはぼくにとって褒め言葉。
勝手とは自由闊達ってことですからねー。
勝手だろうと何だろうと、前に進まなくちゃならないんです。

どこの職場にも仕事が遅い人はいますよね。
そういう人はグータラで怠け者かというと、たいていはそんなことはなくて、真面目で一生懸命だったりします。
黙々と仕事をしているようですし、残業もしていたりする。
だけどアウトプットがなかなか出ない。
なぜ?

そういう人を観察してみると、黙々と作業しているように見えて、実際手はあまり動いていないんです。
どうやら悩んでいるらしい。
あれこれ一人で悩んだり迷ったり心配している。
作業をするより、そういう悩んでいる時間が長すぎるためにアウトプットにつながっていかないようなんです。

渡部昇一『思考の方法』海竜社\1400-にこうありました。

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人生で、心配したことの80%は起こらないという。
人生には、大小を問わず、いろいろな心配事がある。心配し始めたらきりがないほどだ。
しかし、その大部分は杞憂に終わるものらしい。こう考えれば、闇雲に心配することはなくなるのではないだろうか。残り20%が現実になったとしても、それはどのときだ。どんと構えていればいいのである。
そして、不思議なことに、そういう前向きな気持ちでいると、残り20%もたいてい現実にならずにすむものらしいのだ。
ときには、自分の力ではどうにもならないこともあろうが、大方は、気の持ちようでいくらでも防げるものなのである。
世の中には、「心配すること」を「考えること」と思っている人が多いように思う。
しかし、考えるとは、闇雲に心配することではない。
直面している問題について、建設的な考えを積み重ね、先の歩み方を編み出すことである。(188p)
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何かをやろうとすれば、心配なこともたくさん出てくるのは当然です。
まして新しいことをやるときは、恐怖で足がすくむような思いもします。
だからといって立ち止まってしまってはいけません。

渡部さんの言うように、たいていの心配は「杞憂」に過ぎないわけです。
起こらないこと、起こる確率が低いことまで、あれこれ心配して考えるのは無駄。
それよりもリスクの高い心配事に集中した方が合理的です。
いくら考えてもわからない心配事だってあるんですよ。
その姿形がもやもやしていて、どう対処したらいいか分からないような心配事もあるわけです。
だからといってその場に立ち止まったままではダメなんですよね。
先ずはやり始めてみる。

やり始めると、心配事はその輪郭をクッキリさせてくるものなんです。
行動すると、モノゴトは具体化してくるんです。
もやもやしているから余計に心配になるんです。
輪郭がクッキリしてきたら、対処法も分かってきます。
調べたり誰かに聞いたりもできる。
そうすれば、心配事は消えていくもんなんだと思います。

リスクを避けるために心配するのは、人間に本来備わった力の一つなのは間違いありません。
でも心配しがいのある心配なのか、意味のない心配なのか、仕分けることは大切です。
意味のない心配に拘泥して立ち止まるのではなく、リスクを避けつつ動き出してみる。
動き出してみると周りの風景、すなわち諸条件も変わって見えてくるものです。
心配があるから前へ進めない、のではなく、前へ進むから心配も減っていくのだと、ぼくの経験上からも確かに言えることだと思っています。


和光キャンパスには一級河川である谷中川が流れています。小川なんですがね。
休日作業の合間に夕日を映した谷中川がふと目がとまりました。
あんまりきれいだったのでシャッターを押しました。
そんな心の余裕は無くさないようにしたいですね。

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