2011年5月25日水曜日

人生は力積なり

こんにちは

昨日は津波の話を書きました。
津波は波長が長~いから、波高は低くても危ないんだって。
書きながら気づきました。

 あ、これは「力積」の問題だ

ぼくはこれでも物理科卒ですからねー。

力積とは、力×時間です。
高校物理で習ったと思います。
高校では、力積=運動量変化、文字式でFt=mv'-mvという形で習ったと思います。
ぼくも高校生の時は習っても理解できなかった。
計算はできるようにはなったけどね。

大学生になっても、まだよく理解できなかったんです。
物理学科なのに。
講義で「力積とは作用である」なんて習ってもちんぷんかんぷん。
量子力学の講義では「プランク定数は作用の次元を持っている」なんて言われて、ますますわからなくなった。

ようやく実感を伴って理解できたのは40歳頃になって。
板倉聖宣さんに、こんな実験を教えてもらって、すとんと腑に落ちたんです。

ストローに爪楊枝を入れます。
そのストローを吹くと、吹き矢のように爪楊枝が飛び出します。
最初はストロー1本で、どこまで飛ぶか実験する。
次にストローをもう1本継ぎ足して、長くして同じ実験をします。
すると、ストローを長くした方が遠くまで飛ぶようになるんですね。
さらに継ぎ足して3本分の長さにしてやってみる。
もっと遠くに飛ぶようになるんです。
遠くまで飛ぶ、すなわち爪楊枝のスピードが上がる、ということです。
アフリカの原住民が狩りに使う吹き矢はやたら長いのは、矢の速度を上げて獲物まで届かせる、あるいは獲物に速いスピードで矢を突き刺すためなんですね。
吹き矢に吹き込む息の勢いが同じであっても、長い吹き矢を使うと矢の速度は上がるんです。

吹き矢が長くなると、なぜ矢のスピードは上がるのでしょうか。
それは、長い時間矢に息が吹き付けられるからなんです。
息の力をF、吹き付けられる時間をtとすれば、Ftです。
すなわち力積が大きくなるってことですね。

力積が大きくなれば、運動量変化が大きくなる。
運動量変化は、mv'-mvです。
吹き矢の質量mは変わりませんから、速度が速くなるということを示しているのです。
つまり、作用とは相手の状態(速度)を変えること、なのです。
長い吹き矢ほど矢がすごいスピードで飛び出すのは、Ft=mv'-mvで説明ができるのです。

津波も同じです。
津波の高さがわずか0.5mであっても、長い時間押し寄せてくるので、力積が大きくなる。
するとその波をかぶった人への作用も大きくなり、波に流されてしまうというわけなんです。

「だるま落とし」という遊びがあります。
ブロックを何段か重ね、一番上にだるまを乗せる。
ハンマーで下段のブロックを叩き出す。
だるまはそのまま下にストンと落ちるって遊び。
よく理科の教科書に、これはだるまに慣性があるからだ、と説明されていますが、それは間違い。
だるま落としも力積の問題なのです。
下段のブロックをハンマーで横方向に動かすと、上段のだるまとの間に摩擦力が働きます。

だるま落としを成功させるには、下段のブロックを勢いよく叩き出さなくてはなりません。
つまり、素早く叩き出す=時間が短い、というわけです。
時間が短ければ上段のだるまに及ぼす作用は小さくなります。
Ft=mv'-mvの左辺が小さいので、右辺のだるまの速度変化も小さくなるということです。
摩擦力Fがあっても、時間tが短いので、力積Ftは小さい値になるのです。
叩き出す時間が短ければ短いほど、上段のだるまは横方向に速度を持つことがなくなる。

逆に、下段のブロックをゆっくりと叩き出すとどうなるでしょうか。
時間tが大きくなるので、力積Ftも大きくなり、上段のだるまが横方向に速度をを得てしまって、だるま落としは失敗してしまうのです。

復習すると、相手に作用(すなわち速度変化)を及ぼすには、力積を大きくする必要がある、ということです。
おーー、ここに人生訓も読み取れますね。
力が弱くても力を加える時間を長くすれば、力積は大きくなり、相手の変化も大きくなる。
力が強くても力を加える時間が短ければ、力積は小さくなり、相手の変化も小さくなってしまう。

力には作用反作用の法則が働きます。
大きな力を及ぼすと、相手からも大きな力で跳ね返されます。
小さな力なら、相手からの反作用も小さくなる。
相手を変化させようと思って、大きな力を加えると反作用も大きくなって、かえって相手の変化を引き出すことができなくなる。
それよりも小さな力でもいいから長い時間かける。
そうやってじわじわと相手を変化させていく。
ね、まるで人生そのものでしょ!

今ぼくが取り組んでいることを紹介しましょう。
それは、スパコン施設の電気設備点検を3年ごとにする、ってこと。
電気設備の点検を行うには、当然ながら停電させなければなりません。
停電すれば、スパコンも止まってしまうのは当然です。
でもスパコンを止めるのは、大きな損失なんです。
コンピュータの社会的寿命はとても短い。
数年のうちにもっと性能のいいマシンが開発されてしまうからです。
スパコンといえどもその社会的寿命はせいぜい5年か6年でしょう。
その中でも最初の3年間は稼ぎ時なんです。
3年くらいの間は世界のトップクラスを維持しているはずですから、どんどん利用しないと損です。
そんなときに電気設備の点検のために停電させて、スパコンを止めてしまうのはもったいないのです。
次世代スパコンは開発も含めて1100億円の費用をかけました。
これを3年間=1095日で割り算すると、1日あたり1億円にもなります。
スパコンを1日止めたら1億円損するってことなんです。

ぼくの造ってきたスパコン施設の電気設備は、この1年間見てもとても安定しいます。
それにまだ造ったばかりで新しい。
初期不良さえ一掃してしまえば、3年くらい点検をしないでも安全に保てると思っているのです。
電気設備の定期点検は毎年やらなくちゃいけない、という点検至上主義の電気技術者もいるんです。
こういう人を説得していかなくちゃいけないんです。
そのときに力積の法則を使うんですね。
一気にやろうとすると反作用も強く、跳ね返される。
だから弱い力で、でも長い時間をかけてじわじわと変化させていく。
そういう戦略なんですよ。

0 件のコメント: