2011年7月25日月曜日

よい評価を与えられる教師こそよい教師である


こんにちは

1学期が終わりました。
溌貴君は初めての遠距離通学でしたが、1日も休みませんでした。
ずいぶんと体力も付きました。
としきくんもお休みは1日だけ、まずまず健康でしたね。

終業式、溌貴君はこれまた初めての通信簿をいただいてきました。
おお、いい成績です!
ほとんど全部が「とてもよい」ですからね。
スバラシイ!

溌貴君ももちろん素晴らしいと思いますが、先生も素晴らしいです。
よい成績を堂々と付けるだけの度量がありますからね。
あるいは、よい成績を付けても誰からも後ろ指さされないだけの豪腕さ。
だってねー、小学1年生に悪い成績を付けて、いいことなんか何もないからね。
子どもと親のやる気を奪うだけですから。

実力のない先生ほど、平気で悪い評価を付ける。
「だってこの子、ちっともできませんから」なーんて言う。
おいおい、できるようにならないのはあなたの教え方が悪いからだろう。
子どもの通信簿は教師の通信簿でもあるんです。
子どもに悪い評価を与えるということは、自らの教え方が悪かったと表明することでもあるんです。
だから、たとえ悪い評価を付けなければならないとしても、泣く泣く付ける。
オレが悪かった、オレのせいでこんな点数しか付けられなくてゴメン。
そのくらいの先生じゃないといけませんよ。

内田樹/成瀬雅春『身体で考える。』マキノ出版¥1400-から引用します。

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内田 レベルの低い先生というのは潰しにかかる傾向があるんですよね。
技量の低い先生は、弟子がすぐにできるようになるので、自分がすぐに追い越されてしまう。
そうなるのは困るわけです。
そのため、あれこれと厳しく指導したりする。
教えるほうは弟子の成長を願ってやっているのだという言い分があるのかもしれないけど、どんなに努力しても、「ダメだ、ダメだ」と言うばかりで、精神的に追い込む先生は多いですね。(121p)
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子どもは褒めて育てた方がいいんです。
ダメだダメだ、と言って育てれば、本物のダメ人間になります。
バカだバカだ、と言って育てれば、本物のバカになる。
人間とはそういうものなんです。

自信のない教師は狭量になりがちです。
自分よりかしこい子どもに嫉妬をする。
かしこい子にバカにされるのが恐いんですな。
だから、少しでも悪いところを見つけて、ダメだ、ダメだと言ってしまうんです。

だからよい教師ほど、子どものいいところを見つけて褒めます。
もちろんまだ子どもですから、できないこと、悪いところもあって当たり前。
悪いところを見つけて、指摘するのは誰でもできます。
悪いところは、よっぽど反社会的なことでない限り、見て見ぬふりすればいいんです。
悪いところは、いいとも悪いとも言わないで、無視するのが一番いい。
あえて悪いところは評価しない方がいいんですよ。

そしていいところだけ褒める。
悪いところだらけの子どもの、いいところを見つけるのが本物のプロ教師です。
そういうところを褒め続ける。
とんちんかんなほめ方はいけませんよ、当然。
事実に基づかないほめ方は、子どもに伝わりませんし、返って反感を買います。

実は子どもって、どういうところが自分のいいところなのか、自覚していないものなんです。
そういうところを見つけてやる。
ああここが自分のいいところなんだ、と気付かせてやる。
そうなると、子どもは自分のいいところを自ら育てるようになるんです。

褒められて嫌な気がする子どもはいません。
褒められればゴキゲンになります。
ゴキゲンであれば、自然にもっとよくなろうとします。
そうやって育てた子どもは、素晴らしい先生を超えて、さらに素晴らしい人間に育っていく。
生徒が自分より素晴らしい人物になることほど、教師冥利に尽きることはないはずです。
自分が追い越されるのが嫌、なんて狭く小さいプライドなんか要らないのです。
それが人を育てる教師の仕事なんだと思うのですよ。

いい先生に恵まれてよかったね。

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