2011年10月30日日曜日

出たな!妖怪ダラダラ!!


こんにちは

まだまだ若いつもりですが、やっぱり50歳を過ぎると肉体的には衰えてきますね。
まず目が悪くなりました。
暗いところで本を読むのが苦痛に。
そして細かい文字が読めない。
電子工作をやるときでも、はんだ付けの手元が狂います。
とりあえず100円ショップで+1という老眼鏡を買ってきました。
細かい文字を読むときと、工作など細かい作業をするときにかけています。
安物の老眼鏡だからでしょうが、長時間は疲れます。

そして排尿。
オシッコが出てくるまでの時間が長い。
我が子たちと一緒にトイレに入ると、ぼくのがようやく出てくる頃に、子どもたちは放尿完了しちゃってる。
あれれ。

そして先日、とうとうぼくのところにも「妖怪ダラダラ」がやってきてしまいました。
先週、排水処理管理者講習に参加したんですね。
休み時間にオシッコに行ったわけです。
トイレは混雑していました。
ぼくの順番まできましたが、まだまだたくさんの人が待っています。
急いでオシッコしなくちゃって、焦ってしまいました。

が、小便器の前でポコチンを出しても、なかなか尿は出てきません。
その間、お隣の若い人はさっさと排尿を終わらせて、次の人に交代しています。
ようやくぼくもオシッコが出始めます。
出終わったかな、と思って、ポコチンを収納。
次の人に交代しました。

が、トイレから出て廊下を歩いている間に違和感が。
股のあたりに水が流れる感触。
うわ~、妖怪ダラダラだ~~。
ズボンにもじわじわと濡れが染み込んできて、外部からも分かるようになってきます。
かっこわりー。
急いで自席に戻って、いつもの首タオルでズボンを拭きました。

ああ、これからもこんなことが続くのでしょうか。
オシッコをしたあと、じっくり尿切れ作業をしなくちゃね。
いやですねえ。。。

善意の強制


こんにちは

溌貴君も1年生後半、9月からは漢字学習が始まりました。
1年生で習う漢字は80文字ですが、どんどんと進んでいます。
はっちゃんのノートを見ると、1日1文字から2文字くらいのペースですね。
1週で5文字、ひと月で20文字ですから4ヶ月で完了。
ということは遅くとも年内に全部教えきってしまうわけです。
なかなかスバラシイ鍛え方です。

漢字の読み書きは、国語の教科書の進度より先に進むのがいいんですよ。
ぼくが教師だった頃もそうしていました。
ぼくはシンプルなシステムが好きなので、教える計画もシンプルにしていました。
学校の標準授業時数は35週と決められています。
遠足や運動会など行事などがあるから、実際は40週くらい登校しますがね。
ともかく35週間で教え切らなくちゃいけないことになっているんです。
漢字は早めに教えきって、最後の1ヶ月くらいに総復習ができるといい。
じゃあ、30週で終わらせちゃえってね。

2年生以上だとその学年で習う漢字は200文字程度。
200文字を30週で割ると、週に6.6文字です。
毎週6文字こなしていけば、おおむね2学期末には終わらせることができるんです。
毎週の国語の授業のうち、2回を新しい漢字を教えることに割り振りました。
1回に3文字ずつです。
これならどの子も追いついてこられます。

こうやると、教科書のある単元を読むときに、既に漢字の読み書きはできるようになっている。
すると、漢字の読み書きに煩わされないで単元の読み込みができます。
より深い勉強ができるってもんです。
ごく普通の先生たちは、その単元に来たときにその単元で出てくる漢字を教えるわけです。
これだと、教科書本文をちゃんと読めない子どもも出てきてしまいます。
すらすら読めもしないのに、そこに書いてあることが理解できるわけがありません。
そんなこんなで授業進度も遅れ勝ちになり、3学期の終わり頃は超特急で教科書をこなしたりして。形式的にね。
教科書の最後の方の単元に出てくる漢字でさえ満足に教える時間がなくなってしまうのです。

ということよりも、小学生の勉強の中心は「読み書き計算」なんです。
ここはしっかりと身に着けないとね。
実を言うと教科書の内容の読み込みなんてどうでもいいことなんです。
それよりも、漢字の読み書きはしっかり身に着けさせる。
強引にでも教え込んでほしい。

公文毅『どんな人間がこの時代を生き抜くか』河出書房新社¥1400-で竹内宏さんはこう言っています。

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理不尽なことを強引に言うことが教育です。
教えてくれた先生のことは忘れても、教わったことは覚えているのが教育の効果だという気がするのです。(165p)
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本当にその子のためになることなら、頑として押しつける。
野口芳宏さんはこれを「善意の強制」と言っています。
ぼくも学校というのは、善意の強制の場でなければいけないと思っています。
放っておいたら身に付かないことを、学校に行けば身に着けられる。
身に着けた知識や技能は一生モノになる。
だから学校に行く意義があるんです。
放っておいても身に付く程度のことは、わざわざ学校でやる必要はない。
漢字の読み書き、計算などは、放っておいたら身に付きませんよ。
だから学校で勉強させないといけないんです。
会社だって同じ、大人だって同じです。
その人のためになるなら、将来のためになるなら無理も言います。

たしかにはっちゃんも毎日学校から帰ってきて宿題をこなすだけでも結構大変。
でもなんとか付いて行っているようです。
はっちゃんには「いい先生に習ってるよね。普通の学校だとまだこの辺の漢字を習ってるんだよ。はっちゃんはもうこんなところまで習っちゃってるんだね。すごいねー」って言っています。

はっちゃんの学校では既に漢字検定10級(1年生レベル)を希望する子どもに受けさせました。
はっちゃんは未だちょっと早すぎるかなと思って受検させませんでしたがね。
だって、勝負は勝算がないときにするものじゃありませんから。
次の漢字検定は1/29にあります。
これは受検させようと思っています。
それまでしっかり書き取り練習ですねー。

2011年10月27日木曜日

ミッションとビジョン


こんにちは

スパコン棟の電気設備を造ってくれた代理人だった方から嬉しい連絡が来ました。

 社内での 昨年度竣工した物件で実施されました一般工事表彰におきまして、
 第5部(JV施工・部分施工の部) で ”金賞”が確定いたしましたのでご報
 告いたします。
 また、現地審査の際にも貴重なお時間を頂き、ありがとうございました。

よかったですねー。
スパコン棟工事では大変な苦労をかけました。面倒な事もたくさんお願いした。
それにも関わらず情熱的に、誠実に取り組んでもらった工事です。
社内でそれが評価されたのはよかったですよ。
現場審査の時、ぼくは夜勤明けで少々ヘロヘロでしたが、ご案内した甲斐がありました。
がんばってくれた代理人さん、スタッフの皆さんに少しは恩返しができたかなーと嬉しく思います。

そう言えば、この代理人さんも忙しいにも関わらず、スパコン棟の工事中に技術士2次試験に合格したことを思い出しました。
ぼくはしばしば部下や仕事仲間に、資格試験を受験するよう薦めます。
もちろんぼく自身も、ご存知のように常に何かしら勉強していて、毎年二つ三つ受験しています。
それは、もちろんその分野の基礎知識が身につくからでもあるけど、それにも増して仕事力がupすると思っているからです。

日垣隆さんの言葉を借りれば、仕事とは「依頼と納品」です。
依頼された条件、品質、期限、仕様をしっかり理解し、依頼された通りのものを納める。
もちろん本当にいい仕事は依頼された以上のものを作り出すことですが、それにしても依頼された事項は満たした上で、上乗せされたものじゃなければいけません。
いくらいいものだとしても、依頼されたものとまったく違ってしまっては困ります。

仕事力のない人のやっていることを見ると、依頼されたことをきちんと把握していないんですよ。
自分の思い込み、勝手な解釈で仕事をしてしまうので、完成しても依頼とずれてしまう。
それでは依頼者は困りますし、満足できない。
当然ながら、やり直しになります。
やり直し、手戻りほど非効率なことはありません。

資格試験に取り組むと、この問題で何を問われているのかが分かるようになるんです。
出題者が何を求めているのか、それに対してどう答えれば正解を得られるのか。
その訓練ができる。
試験問題の解答だって、出題者の意図を取り違えていれば、いくらすばらしい解答を書いたって点数にはなりませんよね。
知識はあるのに試験になかなか受からない人がいます。
そういう人はしばしば出題者の意図を取り違えているんです。
だから試験勉強を合格するまで繰り返すと、相手の意図を正しく捉える訓練になるんですね。

それは確実に仕事力の向上に役立ちます。
すなわち、依頼者の意図をきちんと把握する習慣と思考回路が出来上がるからです。
依頼者の意図が十分理解出来ない場合、追加の質問もできるようになる。
どこが欠落しているか自覚できるからね。
そうすれば、ゴールとなる成果品が見えてきます。
ゴールが見えれば、そこに至るための段取りが分かります。
何をいつまでにやればいいか、いくつかの通過点を設定できます。
あとは計画通りに、通過点を一つ一つこなし、それを積み重ねていけばいい。

NHKテレビ「仕事学のすすめ」テキスト、伊藤真『”司法試験流!知的生産術』NHK出版\524-のあとがきで、この番組のファシリテーターである野田稔さんはこう言っています。

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ゴールのことを、経営学では「ミッション」と言います。
要するに、何のためにその会社は存在しているのか。人間でいうなら、何のためにその人は生きているのかです。
しかし、当然のことながらそのミッションは簡単には到達できませんから、そこに向けて、数段階ステップを踏む必要があるわけです。
そうして「少なくとも、3年間でここまで来よう」と設定したものを、経営学の定義では「ビジョン」と言うのです。
つまり、ビジョンというのは、「あるべき姿」でなくてもいい。
あくまで期限付きの達成目標なんですよ。
これを繰り返し実行していけば、いつかは必ず「あるべき姿」に辿りつける。
最悪なのは、そこで「遠いから」と、そもそもの動機であるミッションを引き下げてしまうことなのです。(野田稔、98p)
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そう、仕事とは依頼と納品。
仕事を貫徹するには、依頼を正確に理解する、すなわち「ミッション」を明確にする。
そしてそのミッションを達成するための段階、「ビジョン」を設定する。
ビジョンに期限を決める。
そしてビジョンを期限通りにこなしていく。
それを繰り返して行けば、手戻りなくミッションを貫徹するんです。

2011年10月26日水曜日

どっちに転んでもシメタ

NHKテレビ「仕事学のすすめ」伊藤真『”司法試験流!知的生産術』NHK出版\524-

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自分にとって嫌な人から気に障ることを言われるともう、「こんちきしょう」と思ってしまうわけです。
昔は怒りの気持ちが沸き起こって、それが結構あとを引くところがありましたね。
けれども、考えてみれば、その人が自分にとって心地よいことを言ってくれようが、そうでなかろうが、やはりどちらも意味があることなんです。
気に障ることを言われて、まだそこで苛立っているようならば、「自分は未熟な人間だと教えてくれた、自分にとって価値のある人である」と思えばいい。
「万物すべて、これ師たらざるものなし」のように、どんなに嫌なヒトでも、まだ自分が成長過程にあることを教えてくれる師だと、理屈で考える訓練を繰り返していったんです。
結果的に本当にそう思えるまでに10年かかりましたね。
それで、最初は何か嫌なことを言われた時に1週間ぐらいあとを引いていたのが、3日になり、1日になり、3時間、1時間、3分と、だんだん短くなり、今は3秒くらいでふっ切ることができるようになったんです。
それが瞬間的にできるようになると、もう仏になってしまうんでしょうね(笑)。(87p)

2011年10月25日火曜日

努力と運


こんにちは

最近、こんな研究発表がありました。
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2010/100824_1.htm
大学受験時に数学や理科を選択した人、つまり理系の人のほうが各年代において平均年収が多い、とのこと。
例えばぼくの今の年齢50歳で見ると、文系の平均年収は700万円、理系の平均年収は830万円と、100万円以上差がついています。

この研究を行った西村和雄教授は「分数のできない大学生」で有名な方ですね。
若者たちに、理系のほうが得だからもっと勉強しよう、とアピールする狙いがある。
年収=能力とすれば、理系のほうが文系より能力が高いって言いたいわけですね。

年収が高いということは、それだけ需要が高いとも言えます。
すなわち、会社、社会から求められている人材。
だから高い賃金が支払われるわけです。

が、一般的に言って、能力が高いから求められる人材になるということもありますが、もう一つの理由もありそうです。
それは「希少価値」。
理系の教育を受けた人間の数が少なければ、能力とは無関係に希少価値が生まれます。
少なくて足りないものなら値段も高くなるのは、経済学の教えるところです。

西村教授の研究では、国公立大学出身者で統計を取ったわけです。
国公立大学だけでみれば、理系学部の人数も文系学部の人数もそう大差ないかもしれません。
が、社会全体の労働者においては私立大学出身者の方が多いでしょう。
そして、私立大学卒業生は圧倒的に文系学部出身者の方が多いはずです。
国公立大学出身者もそれらの人とミックスされて社会に出ていきます。
そうなれば、理系学部出身者との人数比は拡大され、理系学部出身者の希少価値が上がるのではないかと思います。

もうひとつ、理系の人材の価値を上げるファクターがあります。
それは「努力度」。
これはきちんと統計を取った研究を見たことがありませんが、ぼくの観察では理系の人のほうが文系の人よりも努力する傾向が高いように思います。
数学や物理などを習得するためには、地道な積み上げが欠かせません。
大学でも理系大学では実験や演習が多く、計画的な勉強の訓練がなされます。
そういう教育を受けた人間は、社会に出ても同じように行動するでしょう。
地道にコツコツと計画的に努力する習慣。

最近の子どもたちは「理科離れ」をしている、とよく言われます。
それを防ぐために学校では、楽しい実験をやらせたり、科学館に連れて行ったり、いろいろな工夫をしています。
ところがあまり効果がないらしい。
「あー、楽しかったー」で終わってしまうからです。

ぼくは「理科離れ」ではなく、今の子どもは「努力離れ」をしているんだと思っています。
努力ができないから、コツコツと地道に積み上げなければ習得できない数学など理系の科目ができるようにならない。
できなければ嫌いになり、離れていくのは当然です。

話を戻して、理系の年収です。
理系だろうと文系だろうと、仕事をしていく上でやっぱり努力は必要でしょう。
努力する人の年収が高くなるのは当然です。
理系学部出身者はこの努力する習慣を身につけている人が多いのでしょう。
能力とか、数学的思考力とか以前に、努力するから年収も高いわけです。

ところで、一般的な認知としては「文系のほうが収入が多そうだ」と思っている人が多いと思いますが、どうでしょうか。
理系の人のほうが貧乏に思える。
ヒルズ族なんて人たちを見ても、文系出身者のほうが多数なようです。
これはなぜか。

神永正博さんの本を読んだら、こんなことが書いてありました。

 年収2000万円以下の人たちはガウス分布をする
  ところがそれ以上の人たちはパレート分布する

ガウス分布とは別名「正規分布」。
釣鐘状の分布ですね。
パレート分布とは確率分布のひとつで、「べき」で分布するものです。

神永さんによると、年収2000万円までが正規分布するのはほぼそれが努力度によるものだから、だそうです。
年収2000万円の範囲では、努力すれば年収も上がるのです。
あたりまえだけどね。
だから努力する習慣を持つ理系出身者の「平均」年収は高くなるのです。

ところが、2000万円を超えると確率分布をする。
少人数の極端に高収入な人がいる。
この分布は確率的にしか得られない、つまり「運」なんです。
自分の人生を運に任すことができる人だけが、超高収入を得られる。
その代わり、超低収入になるリスクも同時に抱えてしまう。

するとどうでしょうか。
地道でコツコツと努力をする理系人間は、こういう人生を選択しないのだと思います。
つまり、超高収入のハイリスクハイリターン人生を選ぶのは文系出身者の方が多数を占める。
そうなれば、ヒルズ族など大金持ちは文系ばかりになるわけです。

さて、みなさんはどちらの人生が好きですか?

2011年10月23日日曜日

天才の苦悩


こんにちは

溌貴君は学校の算数で、繰り上がりのある足し算、繰り下がりのある引き算の計算を習っています。
計算はバッチリで、繰り上がり、繰り下がりの計算も、暗算で出来ちゃいます。
さすがエンジニアの息子、計算は得意なようです。
100ます計算の用紙もパソコンで作ってありましたが、100ます計算で鍛える必要はなさそう。
学校でしっかり教えてくれているので、計算に不安はありません。

が、文章題も習っているんですが、これがあまり得意ではないようです。
答えが分からないわけではなく、答えはちゃんと分かる。
問題文の意味はちゃんと分かって、絵に描いてイメージもできる。
ところがどんな「式」を書けばいいのかがわからないらしい。
というか、なぜ立式しなくちゃならないのかがわからないのです。

つまり、「直感」で解いてしまえるわけですね。
算数や数学が<得意すぎる>と、得てしてこういうことがあるものです。
問題文を読んだだけで答えが直感的に分かってしまう。
思考のプロセスというものが省略されてしまっているんです。
だから、立式や途中の式変形、証明など、なぜやらなくちゃいけないのか分からない。

数学者ラマヌジャンがそうだったそうです(藤原正彦『天才の栄光と挫折』)。
とにかくたくさんの定理を思いつく。
でもどうやってその定理に行き着いたのか、自らは説明できない。
共同研究している数学者が、公理からじっくりと証明していくと、ラマヌジャンの定理は正しいことがわかるんだそうです。
まあ、はっちゃんがそこまでの天才とは思いませんが。

小学生の文章題は難しいんです。
特に男の子の小学生の脳ではまだ言葉と数字が分離しているからね。
だから無理に今すぐ出来るようにならなくてもいいと、ぼくは思っています。
ともかく計算だけできるようになっていればいい。

10歳を過ぎて高学年になってくると、言葉と数字が統合するよう脳の発達がなされていきます。
文章題はその頃から鍛えれば十分だと思っています。
1年生、2年生の頃は計算だけしっかりできるようにするのと、算数に不得意感を持たないようにすること。
それだけでいいかなーと思っています。

2011年10月22日土曜日

やまがき畜産のハンバーグは美味い!


こんにちは

仕事仲間から教えてもらった「やまがき畜産」。
http://www.yamagaki.co.jp/

コロッケ、ミンチも美味いけど、ハンバーグがメチャウマ!

 自家製ハンバーグ(デミグラソース付) 1個280円

豚と牛の合い挽き肉ですが、バランスがいい。
もちろん肉質もいいんです。
ソースが付いてきますが、ソースなしで美味い。
つまりソースなんかでごまかさなくてもいいってこと。
うちの子はソースなしで食べてます。

最近、三ノ宮駅ミント地下に直売所がオープン。
毎週帰省の時に買って帰ります。
家族も大喜びですよー。
もちろん、ぼくもこれで飯がバクバク食えます。

機会があったらぜひ食べてみてください。
通信販売もやってマース。

2011年10月20日木曜日

ふんばろう東日本支援プロジェクト

ふんばろう東日本支援プロジェクトに賛同して、毎月お小遣いの10%だけですが、協力しています。
このやり方、寄付したお金が何に使われるのか分かるのがいいね。
http://fumbaro.org/about/project/machine/

2011年10月17日月曜日

視野を広く持ち、人生を楽しもう


こんにちは

はっちゃん、とんたんとも情緒は安定していて、誰かにイジワルしたり、悪口を言ったりすることはありません。
が、やっぱり時々はイジワルされたり、悪口を言われたりもします。
そういうとき、親はどう対処すればいいか。

ロン・クラーク『あたりまえだけど、とても大切なこと』草思社¥1400-に、こんなことが書いてありました。

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前向きに生きよう。
そして、人生を楽しもう。
なかには、腹を立てるだけの値打ちがないことだってある。
視野を広くして、人生のすばらしい面に目を向けよう。
わたしは両親を愛している。
彼らはとても素敵で聡明だ。
わたしが何かの問題に直面したとき、あるいは何かがうまくいかなかったとき、両親はまるで魔法のよ
うなやり方で、事態は見かけほど悪くないことに気づかせてくれる。
現に、彼らはいつもこういう言い方をする。

 「まあ、そういうこともあるものだよ、ロン。
  おろおろする必要なんてないからね。
  みんなでなんとか切りぬけようよ」

それを聞くと、心底気持ちが軽くなる。(184p)
###

誰かにイジワルされたとき、しかえそうなんてしちゃいけません。
誰かに悪口を言われたとき、言い換えそうなんてしちゃいけません。
確かに腹は立ちます。
でもイジワルしたり、悪口を言う人に、腹を立てるだけの値打ちはないものです。
そっとその人のそばから離れて、自分の好きなことをやる。
あるいは自分を好いてくれる人のために何かをする。
その方がずっと価値を生み出せるからね。

いつか我が子たちも困難に出会うこともあるでしょう。
そういうとき、ぼくら親はクラークさんのご両親のように言えたらいいなって思います。
くよくよするより自分のやれることをやっていこうよ。
立ち止まる必要なんかないんだ。
だって、君がそれをやるのを待っている人がたくさんいるんだから。
少しの人が君の邪魔をしているからって、多くの人が待ち望んでいることを止める必要はない。
きっと切り抜けられるさ、ってね。

モテル男は情緒が安定している!


こんにちは

はっちゃん、とんたんとも、親の欲目かもしれませんが、とても情緒が安定して
います。
癇癪起こすところを見たことがありません。
幼児にありがちな、地団駄踏むこともたまーーになんです。
誰かにイジワルをしたり、悪口を言うこともない。
なんでこんなに立派な性格なのよ、と思うくらいです。

竹内久美子『女は男の指を見る』新潮新書\680-によると、男は元もと攻撃的で
すが、リーダーになるくらいの男は情緒の安定も大切なのだそうです。

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サバンナモンキー(ベルベットモンキーとも言う)での研究ですが、リーダーオ
スは、テストステロンよりもセロトニン・レベルが高いことが分かった。
セロトニンは、自身や落ち着き、冷静さなどの性質に関わっている神経伝達物質
です。
テストステロンはその反対で、攻撃性やリスクを好む性質に関わる。
サルの社会ではメスたちからの支持があることも重要で、そういう穏やかな人格
者がリーダーの座につく。(86p)  
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情緒の安定のためには、自信がなくてはいけませんね。
コンプレックスが少ない。
コンプレックスのない人間なんかいませんが、そのコンプレックスを克服するだ
けの自信がある。
そういう男性は情緒が安定しているんです。

イジワルをする子も、悪口を言う子も、自分に自信がないんですね。
自信がないから誰かを攻撃してしまう。
攻撃して自分より下位の人間がいることを確認しないと落ち着かないんです。
でも下位のものを攻撃することによって上位に立つ男性は、やっぱり女性や仲間
に好かれないと思うんですよ。
だから、合理的に考えれば損な行動なんです。

成長するにつれて、自信というのは「努力の結果」から生まれてくるようになり
ます。
素のままではいけない。
何かに熱中して、自分しかできないことを身に着けたとき、本物の自信が生まれ
るんだって、ぼくは思っています。
で、仲間たちから好かれ、信頼される人物になる。
もちろん、女性からもモテル。
我が子たちにもそういう人生を送ってもらいたいですね。

2011年10月13日木曜日

チームワークオブザイヤー

世界一のスパコン「京』のプロジェクトが、チームワークオブザイヤーにノミネート。
渡辺プロジェクトリーダーの動画で、建物建設に携わった人達のことも触れていてくれて、それもとても嬉しいです。
ぜひ京速コンピュータ「京」開発プロジェクトチーム(RIKEN)に投票くださいねー。
http://info.cybozu.co.jp/events/teamwork/toy2011/entry01.html