2012年2月28日火曜日

知識は風船のごとく


こんにちは

  傲慢の7割は無知にもたらされる。

宋文洲氏はそう言う。
(ちなみに、残り3割は成功によってもたらされる。)
確かに、傲慢な人は不勉強なのである。
不勉強なのに、自分は何でも知っている、とでも思っているかのようである。
そして、自分の知らないことは全て否定するのである。

自分の知らないことを話す奴は悪。
自分が理解出来ないのは、説明が悪いから。
そういう輩がけっこう権力を持っていたりするので、やっかいだ。
何を説明しても、わからん、というからね。
でもその人にイエスと言ってもらわないと先に進めない場合が多々ある。

イエスと言ってもらうために、その人の頭の中と程度をなんとか想像し、その人が理解できそうな言葉、理解できそうな論理で説明しなければならない。
すると本来やるべきことが、その過程でどんどんとねじ曲がっていってしまうのだ。
イエスと言ってもらった段階で、非常に矮小化してしまうことがしばしばなのである。
狭い知識、狭い経験、狭い論理の枠内に押し込まれるからだ。

もちろん、分かりやすい説明は大切だ。
でも、分かりにくい、分からないからダメなものだと安直に否定してしまうのも、どうかと思う。
分かろうとする態度がないのだ。
それで「良きこと」ができるのだろうか。

学力は、好奇心×知識、である。
学力の不足している人ほど、好奇心も少ない。
好奇心がなければ、自ら理解したいと思えないのだ。
知識が少ない場合も、理解できる範囲が狭まる。
ならば傲慢になるのも必然である。

それに対して、学力が高い人に謙虚な人が多い。
それはなぜか。知識はしばしば「風船」に例えられる。
世の中のすべての事象は広々とした空間に漂っている。
その中に個々人は風船を浮かべていて、風船の中に知識や経験を詰め込んでいっている。
すなわち、風船の表面が既知と未知の境界面となっている。

学力の足りない人の持つ風船は小さい。
だから、未知と接する面積が小さい。
つまりは、自分が知らないことはあまりない、という認識になってしまうのだ。

ところが知識と経験が増えてくるにつれ風船は膨らみ、未知の領域が既知へと入ってくる。
すると、未知と接する表面積は拡大していくのだ。
逆説的ではあるが、知識が増えれば増えるほど知らないことが多くなってくるわけである。

それは自分を謙虚にさせる。
自分にはまだまだ知らないことがある、この世の中にはたくさん知らないことがあるのだ、という認識が生まれる。
そして、その未知を既知に変えるための努力を怠らないようになるのである。

少年期の子どもは意外と質問などしないものだ。
幼児期は盛んに、これなあに、どうしてと聞きまくるのだが、小学校高学年くらいになると、そういう無方向、無限定な質問はしなくなる。
子どもが質問しなくなるのは、幼児期のあれなに、これなにに十分付き合ってやらないからだ、という説もある。

が、ぼくはそうは思わない。
幼児期にあれなに、これなにに十分対応したとしても、少年期になると質問しなくなるのは自然なことだと思っている。
それは、子どもの知識の風船はまだ小さいからである。
知識の風船が小さいので、まともに質問ができないのである。

だから子どもにはきちんとした知識を注入してやる必要があるのだ。
知識なしに好奇心は生まれない。
知識が風船の中に充満し、好奇心がみなぎってくると、どんどん質問できるようになるのだ。

ぼくはプロとアマを区別する方法として、質問ができるかどうかを用いている。
プロは何でも知っていて質問などしないと思ったら大違い。
ホンモノのプロほどよく質問するするものなのだ。

風船の境界面が広がってくると、いろいろな部分で未知と接してくる。
その未知と接した既知も多くなってくるわけである。
未知を既知に取り込むチャンスが増えてくる。
未知を既知に取り込む原動力が好奇心なのであり、その方法が質問なのである。

自分の好きな勉強を3000時間こなすと、周りの人たちにもそれがなんとなく伝わっていく、と書いた。
それは質問ができるようになるからである。
的確な質問ができるかどうかが、その仕事をうまくこなせるかどうかの試金石になるのだ。

孤高の人


こんにちは

先週、電気設備学会のみなさんに我社をご見学いただきました。
プロの技術者向けのプレゼンも我ながら上手くなってきたように思います。
それにしても電気技術者の方々は計算が速い。
電卓も紙も鉛筆もつかわず、ささっと概算してしまう。
やはりプロは違いますなー。

さてさて、今は人事評価の季節。
ぼくは調査役というライン外、スタッフ職なので、制度上の部下はいません。
だから部下の評価をしなくていいのは楽チンです。

我社は180度評価なんてのもやっていて、自分の上司を評価しなくちゃならない。
ところがぼくの直属の上司は統括役というNo.3の役職なので、ぼくごときが評価なんておこがましいらしく、評価しなくてよいそうです。
あー楽ちんだ。

今年から180度評価というのも試行するそうだ。
同格の者同士、評価しあうわけです。
が、今ぼくがいる部署にぼくと同格な人は誰もいない。
ここまでくると、ちょっと寂しい気もしちゃったりして。。。

余人をもって替えがたき人材。
それがぼくの目指すところ。
ならば孤独にも耐えなくちゃね!

2012年2月26日日曜日

ゴキゲンが元気をつくる


こんにちは

今年の冬、我が家は誰もインフルエンザにかかりませんでした。
免疫力ありますねー。
変わり者家族ですから、流行の後追いはしないんです。
なんちゃって。

インフルエンザにはかかりませんでしたが、はっちゃんが咳き込んだりすることがあり、残念ながら学校を二日お休みしてしまいました。
たぶん、その前の土日に二日連続でスケートに行っちゃったので、その疲れが出ちゃったんだと思います。
元気だと言ってもまだ1年生です。未だ体力も十分じゃない。
土日連チャンでのお出かけは避けた方がいいですね。

休む前の日も、ちょっと咳をしたりしていましたが本人は「学校に行きたい」というので行かせました。
が、途中で電池切れになっちゃったんでしょう、早退してきたんです。
でもとにかく学校が楽しいらしく、ちょっとくらい体調が悪くても休もうとしないんですよね。

畑村洋太郎『数に強くなる』岩波新書\740-にこんなことが書いてありました。

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何の勉強でもそうだが、「気分」は大事な要素である。
人より速くできるとか、人とは違うやり方でできるとか、そういうことで人はイイ気分になる。
イイ気分になると、やる気が出る。
ヤル気が出ると、自分でどんどん考えるようになる。
教えるのが上手な先生は、人をイイ気分にするのがうまいと思うのである。(150p)
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はっちゃんの担任の先生も、子どもたちをイイ気分にするのがうまい。
イイ気分だから、勉強もどんどん自分でやるようになっちゃうんです。
だから子どもたちは休みたがらないし、ちょっと具合が悪くても学校に行くと元気になって帰ってくる。

せっかくいい先生、楽しい学校に行ってるんだから、休日あまり無理はせず、体力を養って学校を休まずに通わせるよう配慮していきたいと思います。

2012年2月24日金曜日

怒鳴る資格を持て!

こんにちは

先日、我社に寄付をしていただいた方々の見学会がありました。
ぼくも案内役の一人。
ぼくが対応したのはスパコン棟を造ってくださった建設会社の方々でした。
おお、寄付もしてくださったんですね。
ありがとうございます。
良い建物を造ってくれた上に、寄付までしていただいた。これはサービスしなくちゃ。
サービスといってもお土産渡すとかそういうんじゃないよ。
愉快な気分で帰っていただこう、ということです。

ご案内のはじめにこう問いかけました。

「このプロジェクトの最大の勝因は何だと思いますか?」

みなさん、きょとんとしている。
ぼくはこう言いました。

「それは怖い現場代理人さんです!」。

参加者の多くは同じ会社ですから、その現場代理人さんのキャラをご存知です。
どっかんとウケましたよ。
笑いから見学をはじめることができました。
よしよし、目論見通り。

続けてぼくは説明しました。
その時電気室を案内していたんです。

「ここはマシン本体に電源を送っている変電所です。
ほら、ケーブルなど非常にきれいに配線してあるのが分かると思います。
とても丁寧な施工をしてくれた。
きれい、丁寧は施設の安定性につながります。
事故も少なく、ロスも減る。

研究施設にとって要は設備です。
設備がしっかりとしていないとマシンも安定に動かないのです。
こんなふうに丁寧に施工できたのは、余裕のある工程が組めたからです。
設備工事は建築工事が完了しないと始められません。
建築工事の遅れのしわ寄せは、設備工事の負担になってしまうのです。

実力のない現場代理人さんは、段取りが悪いためどうしても工程が遅れてしまう。
その結果、設備工事が昼夜休日問わずの突貫になってしまうのです。
時間に余裕がなくなれば、気持ちにも余裕がなくなります。
徹夜続きで休みもなくなれば、思考力も下がります。

時間もなく、気持ちに余裕もなく、頭がぼーっとした状態では、決して良い工事はできないのです。
でもさすが御社の怖い現場代理人さんは違いましたよ。
on timeに建物を造ってくれた。
予め決めた期日までに、設備工事に着手することができたんです。
これがこのプロジェクトの大きな勝因だったと思います。」

最近でこそぼくはそれほど怒りません。
なぜなら今のスタッフはプロ集団。
誰が何をやるか、責任と権限をはっきりとさせれば、確実にことが成し遂げられます。
だから怒る必要がないんですね。
怒るのにもかなりのエネルギーが必要ですから、楽ちんですよ。

以前はよく怒ってましたねー。
それはまだプロに至らないスタッフたちと一緒だったから。彼らにプロになって欲しかったし、プロらしい仕事をして誇りを持ってもらいたかった。
その思いが伝わった人もいるけど、逆恨みもされました。
それでもぼくは妥協しなかったんです。

最近、「優しい」上司が多くなった気がしませんか。
怒らない、怒れない上司。
それは最近の若者がひ弱になったため、ちょっと怒鳴るとうつになったり、会社に来なくなったり、突然辞めちゃったりする。
あるいは変に自己主張が強くなって、怒鳴られたことを逆恨みしていきなり法的に訴えたりね。

そういうのがめんどうだから怒鳴らなくなってしまった。
でもそれでいいんでしょうか。
まあたまに自分の権力欲を満たすために怒鳴りまくるような変な上司もいますよ。
こういうのは困りますから、やめてほしいです。
でも必要なときに部下を正当に叱ることもしなくなってしまった。
それって、やばくないですか。

部下、若者を会社の中で鍛えていくことができなくなります。
鉄は熱いうちに打て、です。
仕事のスキルも上がらず、仕事への構えも身につかず、30代、40代にしてしまう。彼らが中堅として会社を引っ張らなくてはならない年代になっても実力がまったくない。
その部下もカワイソウですが、これでは会社も存続が危ういですよ。

そしてまた怒鳴らない上司自身も成長しなくなってしまいます。
怒るには怒るだけの「資格」が必要です。
部下を怒って、それに対して部下が納得できるような叱り方。
権力欲だけのおっさんに叱られても、「お前にそれを言われたくないよ。天に唾するみたいだね」なーんて、心の中では舌を出す。

そうならないためには、怒鳴る上司自身も確固たる技術を持ち、常に学び続け、人間的にも成長し、自信を持たなくてはいけないんです。
部下を怒鳴れるだけの自信。
怒鳴ることはそれを身につけるチャンスなんですよ。

だから「優しい上司」は必ずしも「良い上司」ではないのです。
優しいだけの上司は、怒鳴るだけの実力がない。
理不尽な怒鳴り方をする上司も、実力がないのを自覚していて、それをごまかすために怒鳴っているんです。
もちろんおとなしい上司も、実力がないのがわかっているから、怒鳴れないんです。

2012年2月23日木曜日

社会は学力を求めている

こんにちは

橋本市長の「小中学生も留年させよ」という言説。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120222-00000026-mai-soci
ぼくは大賛成だな。
ただし、やるなら徹底的に。
毎年2割くらいの生徒が留年するくらい厳しくやる。
小中学生で留年なんてカワイソウという人もいるだろうが、ほんの数人しか留年しないから、カワイソウになるのだ。
2割も留年組がいるなら、子どもだって堂々としていられると思う。

だいたい生徒も親も甘えてる。
自らの努力はたいしてしていないくせに、学力不足は教師のせい、制度のせい。
またそれに乗じて、教師を査定したり制度をイタズラにいじくったりする政治家や役人も困ったものだ。
原因を他に求める。
他罰的なのだ。他人のせいにしているうちは、人間ってのは成長しないもんだぜ。

例えば英語。
日本では中学から大学まで10年間も勉強しているのに、英語がしゃべれない。
なぜか。
教師が悪いのか、制度が悪いのか。
いやいや、単にきちんと勉強する学生が少ないだけだ。

高校までに習う文法知識と単語数があれば、まずビジネスには困らない程度の会話ができるようになる。
発音は悪いかもしれないが、内容があれば発音なんか多少悪くたって通じるのである。
もちろん自分のビジネスに関する単語は、追加的に習得しなくてはならないが、たいした数ではない。
仕事であれば覚えるものだ。

もちろんその程度の英語力では、ネイティブの人と哲学的議論をしたり、アメリカンジョークで笑ったりはできない。
でもそんなことしたいのか?

ところで、日本の英語教育はダメだ、と多くの人が思っている。
大学まで出てろくすっぽ英語を使えないと。
でも、英語だけじゃなくて数学だって同じ。
小学校で習う算数から数えれば、高校卒業まで12年間。
英語なんかよりずっと長く勉強している。
それなのに数学がきちんと出来る生徒はほとんどいない。

数学どころじゃない。
国語だって似たりよったりだ。
学校を卒業して会社に入った若者で、最初からまともな文章の書けるやつはほとんどいない。
最近じゃ、上司の言ったことを正確に理解して仕事ができる若者も減っている。
そして会社でも、上司の教え方が悪い、上司の言い方が悪いというわけだ。
ここは学校じゃないんだぜ。

要するに、英語だろうと数学だろうと国語だろうと、しっかりとした学力を身に付けないまま卒業してしまう生徒が多すぎるのだ。
学力不足で社会に放り出される方がカワイソウだ。
本人もカワイソウだが、そういう学力不足で、やる気も削がれ、人生を諦めてしまった青年を抱える社会も不幸だ。

少子化対策もおかしい。
ただ出生数を多くしようとしている。
子供の数がいくら多くたって、箸にも棒にもかからぬような人間ばかり増えても困るのだ。
人口が半分になったとしても、その半分の人間が存分に活躍し、今の2倍の働きをする。
それなら人口が半分になってもまるで平気である。

確かに少子化になると、確率的に生まれてくる「超天才」の数は減る。
が、日本がこれまで成長してこれたのは平均レベルの人間のレベルがそれなりに高かったからなのだ。
超天才も必要だが、実質的に社会を動かしているのは多数の平均レベルの人間なのである。

2012年2月22日水曜日

プロになるための1万時間 その2

こんにちは

プロになるまで1万時間、と書いた。
例えば研究のプロになる大学院生。
博士課程5年間=1825日である。
10000時間÷1825日=5.5時間である。
毎日5時間半、自分の好きな学問に没頭すれば、大学院満了までにプロになれるという計算である。

日曜日を完全に休みにしたとしても、1日6.5時間である。
十分こなせる時間である。
もちろん本当に好きな学問であれば、1日5,6時間なんて言わず、12時間くらいはへっちゃらであろう。
こういう学生は院生時代にも優れた研究をしてしまうものだ。
だって在学中にプロになってしまうわけだから。

大学院生なら5年間でプロになれるかもしれない。
けれども普通のサラリーマンでは難しいのではないか。
好きな事だけやれるわけではないからだ。
たとえ毎日1時間、好きな事をやり続けたとしても、プロに到達するには

 10000時間÷1時間/日=10000日=27年

もかかってしまう。

大卒で就職したのなら50歳にならんとする年齢になってしまう。
これではプロとして活躍できる期間が短すぎるのである。
どうしたらよいのだろうか。
それならプロなんかになろうなんて、無理な努力はしないほうがいい、ということにもなる。

毎日1時間だってその時間を確保するのは大変だ。
仕事上の付き合いもある。
家庭を持てば家族サービスだってしなくちゃならない。
とても毎日1時間の勉強時間を確保するのは無理そうだ。
週3日勉強できたらいい方だろう。
週3日だと1万時間に到達するには63年。
こりゃ諦めたほうがいい。
そう思って当然だ。

ところがさにあらん。
3000時間を超えたあたりから、じわじわと状況が変わってくるのだ。
3000時間を超えると、なんとなく得意分野がアピールされてくるのだ。
上司、同僚にも伝わるんだね。
すると、自分の好きな仕事、あるいはそれに近い仕事が廻ってくるようになる。

好きな事は得意なこと。
好きこそ物の上手なれ。
上司や同僚だって、あいつにやらせれば早くて良い品質でやってくれるとなれば、優先的に仕事を廻すものだ。
経済合理性があるからである。
こうなると、仕事=勉強となる時間が増えてくる。
相変わらず雑用も多いだろうが、好きな事を勤務中にもできるようになってくるのだ。

そのような状況になるまで3000時間である。
毎日1時間やれば8年あまり。
大卒なら30歳になるころである。

1日3時間、好きな分野の仕事ができるとする。
自分でやる1時間を加えて4時間。
残り7000時間を5年でこなせる計算だ。

そう理想的には行かないだろうが、10年もあれば1万時間に到達するであろう。
この時点で40歳である。
会社での地位も上がっているはずだ。
裁量も多くなっているだろう。
プロとして活躍できるお膳立てが揃っている。
しかもまだ40歳、体力も気力もある。
活躍できないわけがないのだ。

2012年2月20日月曜日

子どもに恥じない仕事


こんばんは

今週末、はっちゃんの発表会がありました。
学芸会みたいなものですね。
と言っても、2000人以上入る公共のホールを貸し切っての開催。
照明も音響も本格的です。

はっちゃんの演技も格好良かったですが、自閉症の子たちのがんばる姿に涙が出ました。
一生懸命な子どもの姿を見て、オヤジも下手な生き方はできねえなあ、って思いましたよ。
すごく感動しました。

田坂広志/中谷巌『若きサムライたちへ』PHP¥1300-にこうありました。

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もし、女房や子どもを本当に大切にしているのなら、その大切な人間の前で、生
活を守るために自分の志を捨てたり、納得できない会社の論理に唯々諾々と従う
姿を見せていいものでしょうか。それが、大切な家族に見せるべき姿なのでしょ
うか。
私は、あえてそういう問を、自らに投げかけてみたいと思います。
いかに女房や子どもとの生活を守るためとはいえ、「お前たちを食わせなければ
いけないから、俺は嫌な仕事もしているんだ」という姿を見せてしまうなら、そ
れが子どもたちの精神に与える影響は、決して、良いものにはならないでしょ
う。逆に、もし本気でやってみたいことがあり、それに懸命に挑戦する姿を見せ
るならば、家族も一生懸命応援してくれるはずです。
ですから私は、本当に女房や子どものことを考えるならば、むしろ筋を通した生
き方をすべきだと思うのです。どこまでも挑戦する姿を見せるべきだと思うので
す。その後ろ姿を見せることは、かりにそれで敗れ去ったとしても、これから多
くの困難に挑戦し、次の時代を切り拓いていく子どもたちに対して、最高の贈り
物となるのではないでしょうか。(田坂、208p)
###

ぼくも同じ気持ちですよ。
子どもに恥じない仕事をこれからもずっとしていきたいと思います。

1日年休を付け足して3日間にした週末もお終い。
これから神戸に向かいます。
今週もバリバリ仕事をして、週末スッキリとまた家に帰ってきたいと思います。

2012年2月19日日曜日

「ぼく」と呼んでみよう


こんにちは

峻貴君はこれまで自分のことを「とんたんねー」という風に言ってきましたが、それだと幼稚っぽい。
今年のお受験に備え自分のことを「ぼく」と言うように矯正しています。
「ぼく」と言うとんたんも、ちょっぴり成長したようでほほえましい。新鮮な感じです。
満5歳のお誕生写真を撮りました。
このまま愉快な人物に育っていってくれよー。

2012年2月17日金曜日

凶と出るか、吉と出るか


糖質制限食4日目は、ダイエー三宮店9Fにある太陽楼という中華バイキング。
http://r.tabelog.com/hyogo/A2801/A280101/28021971/
1500円で中華料理をバシバシ食える天国。
味もまあまあ。酢豚は美味いよ。
腹いっぱい食っちゃいましたー。
たしかに糖質はほとんどなさそうだけどねー。
凶と出るか吉と出るか、さあお楽しみ!

アトピーにも糖質制限食?


糖質制限食開始後3日。
明らかに体のかゆみが軽快しているんです。
ところどころにある発疹の色も薄くなっている。
糖質制限食は成人型アトピーにも有効なのかも。
更に続けてみようと思います。

湯豆腐を食べるために、鍋を買いました。
三ノ宮ダイエーで500円。

2012年2月16日木曜日

世界一のスパコン「京」のすごさ その5

「京」はtop500での世界一のみならず、ゴードン・ベル賞においても最高性能賞を受賞した[。
http://www.riken.jp/r-world/info/info/2011/111118/index.html
次世代半導体の基幹材料として注目されているシリコン・ナノワイヤ材料の電子状態を計算した結果である。
これまでのスパコンでは規模が大きすぎて計算が不可能であった、現実の材料のサイズに近い10万原子規模(直径20ナノメートル、長さ6ナノメートル)のナノワイヤの電子状態について、計算性能を確認するための量子力学的計算を行い、3.08ペタフロップス(実行効率 約43.6%)を達成した。
また、10,000個から40,000個の原子規模からなるシリコン・ナノワイヤについて電子状態を詳細に計算した結果、断面の形状によって電子輸送特性が変化することもわかった。
この計算を実行した時点で、「京」は全筐体の設置が完了していなかった。
よってすべての筐体を使えばさらに性能は上がる。
その成果は次回のゴードン・ベル賞で再度の最高性能賞として結実するだろう。

その他、HPCチャレンジアワードにおいても4部門すべてにおいて1位を受賞することもできた。
http://www.riken.jp/r-world/info/info/2011/111116/index.html
HPCチャレンジアワードは、スパコン性能をLINPACとは違った側面から評価するために設けられた賞である。
たとえば「Global FFT賞」では科学技術計算に頻繁に現れるフーリエ変換を、いかに高速に計算することができるかを競う。
このことから「京」はただ速いだけではなく、実際の科学技術計算においても十分な性能が期待できることが明らかとなった。
しかもこれも「京」すべてを使っての成果ではなく、一部分のマシンのみで得た結果なのである。
いかにモンスターマシンであるかがわかるであろう。

今やスーパーコンピュータは科学技術の発展、産業の創出にとってなくてはならない「ツール」である。
例えば新たな物質を化学合成する際でも、実際に実験を行う前にコンピュータによるシミュレーションを実施するのは当たり前のこととなっている。
自動車産業においても、車体の空力性能の検証に従来は模型を造り風洞実験により行なっていたが、現在はコンピュータが用いられ、それによって開発時間と開発費用を削減している。
スーパーコンピュータはこれまでの科学技術研究の方法であった理論研究、実験研究だけではなく、新たに「シミュレーション」という研究方法を生み出した。
気象現象など複雑で理論でも実験でもアプローチできなかった分野へも、計算によるシミュレーションという手法を用いることによって、仮説の検証や未来予測が可能となる。
高速で大規模計算が可能なスパコン「京」の完成により、その精度は格段に向上する。

またスパコン開発は、コンピュータ技術だけではできない。
世界トップレベルのスパコンを開発することによって、半導体技術、通信技術、ソフトウェア技術、電源技術、冷却技術、建築技術など多くの関連技術も発展させなければならない。
それによって日本の技術力の発展が総合的に培われるのである。
「京」の世界一獲得によって、日本の持つ各分野の技術力は依然として世界トップレベルを維持していることも示すことができたのだ。

プロになるための1万時間

こんんちは

元部下からこんなメールが届きました。

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とりあえず今年は1級施工取りこぼさなかったです。
今年は電検頑張ります。
関口さんに決意表明しておかないと自分に負けそうなので・・・。
###

素晴らしい!エライですねー。

若い時は好きな仕事だけするわけにはいきません。
上司から命じられれば好き嫌いなく実行するのみです。
昨日は「プロは好きな事しかしない」と書きましたが、それはプロになってから
のこと。
プロになるまでは好き嫌いなんか言っていられません。
むしろ好き嫌いなく与えられた仕事に取り組んだほうがいいのです。
その方がオトク。

でも流れてくる仕事をこなしているだけでは絶対にプロにはなれません。
流れてくる仕事、与えられた仕事だけでも勤務時間は消費され、ある程度の満足
感もある。
そういう年月を重ねておじさんになっていく。
だらだらとね。

でもそれじゃあプロにはなれないんですよ。
プロになれないと40代くらいになってから困る。
自分に誇れるスキルがないことが明白になるから。
誇れるスキルのない人は、40代になっても「やらされる仕事」ばかりやらなく
ちゃならなくなるのです。
それは辛いと思うんですよ。
体力、集中力も落ちる年代になってもまだ、下請け仕事しかできない。
こういう人が過労死してしまうのだと思います。

やはり若いうちから意図的に積み上げていかなくちゃいけないと思うのです。
自分の好きな分野、目指す方向をしっかりと持つ。
そのための勉強時間を生み出すんです。
たとえ1日30分でも1時間でもそういう時間を持つことが大切。
そして勉強したことを血肉にする経験。

ぼくの尊敬する小学校教師野口芳宏さんは「経験は意図的に積め」と言っています。
逆に言えば、意図的に積んだ経験じゃないと役に立たないのです。
だから流れてくる仕事、与えられた仕事をしていても、それは意図的な経験には
ならず、ただ時間を「消費」しただけに留まってしまうのです。

経験に「アンカー」を打ち込むのが知識。
知識を得てそのことに関連する経験をしてみる。
それが生きた経験になるんです。
あるいは、経験したことを勉強によって意味付ける。
経験を知識化するんです。
するとその経験は意図したものになっていく。
これを繰り返す。

技術者の世界では、実力=知識×経験^2と言われています。
いくら時間を掛けて経験しても知識がなければ実力へ転化しないのです。
いくら勉強して知識を増やしても、それを実際に経験しなければ実力は向上しな
いのです。
だから、知識と経験は車の両輪なんですね。

活きた勉強とは、意図的な経験。
知識と経験を関連させていくことが大切なんです。
すると、勉強=経験、経験=知識となっていき、実力は相乗効果で向上していく
のです。

では、プロになるまでには、どのくらい勉強が必要なのでしょうか。
それは1万時間と言われています。
中谷巌/田坂広志『若きサムライたちへ』PHPにこうありました。

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私はよく「1万時間説」ということをいっています。
若い時代には何か一つこういうことをやってみたいと思ったら、禁欲的に1万時
間そこに没頭しろという主張です。
ああでもないこうでもないとあちこちに手をつけるのではなく、一つのことに1
万時間死に物狂いで没頭してみれば、かならずその道でひとかどの人物になるこ
とができるという考えです。
1万時間の努力によって得られたものがその人間の強みとなるのです。
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1万時間意図的な勉強を続けると、自分自身にプロとしての自覚と誇りが生まれ
ます。自信が生まれる。
自信があると、言い訳をしなくなります。
その人がプロかどうか見分けるリトマス紙は、言い訳をするかどうかです。
すぐ言い訳をする人はアマチュアなんですよ。

中谷さんはこうも言います。

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一つのことを深く掘り下げて、ある鉱脈に突き当たることを、私は「鉱脈クラブ
に入る」と表現しています。
いわば、深い知識と経験に裏打ちされた、合い通じるものをもった人々の世界に
入っていけるのです。
やはり鉱脈クラブに入らないと、深いものは見えてきません。
この鉱脈クラブに入っているか、そうでないかということは、不思議なことに世
間の人々はすぐに察知します。
そして鉱脈クラブに入ると、人々は自然に高い評価を与えてくれるのです。
###

2012年2月15日水曜日

我慢はするな、好きな事をやれ!

こんにちは

昨日の夕刻、設備に小さなトラブルが発生。
ある機械の補機部分のセンサーの故障。
たいていの設備には冗長性が備わっていますが、技術的にどうしても冗長性が取れない部分もあるのです。
そこが故障してしまった。
その設備自体は順調に運転していましたが、万一補機が停止すると本体も停止してしまいます。
修理するにもすでに夕刻だったのでその日のうちに直りそうになりません。
設備は24時間連続運転です。
夜間、人が手薄のときにもっと大きなトラブルに発展してしまう恐れもある。

その設備を担当しているスタッフから、万一に備えて予備機に切り替えましょうか、と提案がありました。
ぼくは「やっちゃいましょう!」と答えました。

その後担当スタッフは、運転員たちにテキパキと指示出し。
運転員たちもその指示に忠実に従って作業にとりかかりました。
1時間ほどで運転機器を予備機と切り替えさせました。
これで夜も安心です。

ぼくは傍からその様子を見ているだけした。
作業完了時のミーティングを眺めながら、「我がスタッフは本当にプロフェッショナルだよなー」と感動しました。
優秀なプロフェッショナルと共に仕事が出来る幸せを感じました。

プロたちと仕事をする上で、ぼくが留意していることがあります。
それはそのプロが専門性を発揮する仕事に集中してもらう、ということです。
プロだってどんな分野にでも実力を発揮できるわけではありません。
自分の専門外のことは不得手なのは当然です。
得意なことで実力を存分に発揮してもらいたい。

専門外だから不得手だし、時間もかかるし、仕事の品質も落ちます。
だからプロに専門外の仕事をしてもらうのは、とても損な事だと思うのです。
プロがプロらしくいられるようにしたいのです。
プロの人だって会社員であれば、上司から指示された仕事は、得手不得手に関わらずやらなくてはなりません。
この仕事は不得手だからやりません、と自分からは言えないわけです。
嫌々でも引き受けざるを得ない。
そこに不効率が生まれるんです。

ぼくの仕事は、だからプロがプロらしくいられる状況を作ることだと思っています。
その専門性を発揮できるように仕事を振り分ける。
不得手なことはなるべくさせないようにするのです。
仕分けが大切なんです。

と言ってもスタッフの専門性にぴったり当てはまらない仕事もあるわけです。
専門家と専門家とのスキマ、あるいは両者にまたがるようなこと。
この仕事は自分の専門に関わることだ、という仕事なら、指示されなくても仕事に着手することができるでしょう。
でもスキマや重複のあるような仕事の場合、自分がやるべきかどうか迷う。
そういう仕事は黙っていたら放置されてしまいます。
大きなトラブルは概してこういうところから生まれるんですよ。

だからぼくはスキマや重複があったらそれを仕分けなければならない。
この仕事、申し訳ないけどやってもらえますか、ってね。
あるいは、ぼく自身が引き受ける。
そうやってスキマや重複を埋めていくんです。

もちろんプロだって人間ですから、自分の専門領域に関わる仕事でも、やりたくないことだってある。
かなりの困難を伴う仕事や、上手くいかないのは確実な仕事。
こういう嫌な仕事はなるべく知らんふりしたいのが人情ってもんです。
こういうときでも、やっぱり専門家が取り組んだほうがいいんです。
被害を最小限にとどめることができるからです。

これはあなたの専門分野なのでやってください、と頼む。
それもぼくの仕事。
そして困難な仕事をする上でフォローすべきところはフォローしていく。
それが大切。

専門分野とは得意なことです。
得意なこととは好きな事です。
人は好きな事をやっている時が一番ゴキゲンだし、一番パフォーマンスがよくなります。
それは各人の仕事がうまく回るだけじゃなくて、スタッフ相互の人間関係もよくなるのです。それがさらなるトラブルを防ぐことにもなると思うのです。

田坂広志/中谷巌『若きサムライたちへ』PHP¥1300-にこうありました。

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不思議な逆説なのですが、やりたいことを押し通すと他人とぶつかるように思い
ますが、実は、やりたいことをやっている人間同士は意外にぶつかり合いが少な
いものです。
むしろ、人間関係がおかしくなるのは、自分の欲望を抑制しているときではない
でしょうか。
そして、「自分はこれだけ我慢しているのに、彼ばかり勝手なことをやっている」と、
ある種の怨念をいだいてしまうのです。(田坂、216p)
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嫌な仕事、不得手な仕事を割り振られると、我慢が生じます。
我慢ほど人の心を荒廃させるものはありません。
我慢している人ほどやっかいなものはありません。
我慢している人が、職場の人間関係を悪化させ、組織効率を下げているのです。

もちろん、好きなことをやるために必要だったら我慢もしますよ。
でも、好きな事に繋がらない我慢はしちゃいけないし、させちゃいけないんです。
あるお医者さんによると、過労死というものはないのだそうです。
世に過労死と呼ばれているものは、すべて「ストレス死」なのだそう。
生きる方向の定まらない、すなわち好奇心と異なることをする人間が、ストレス死するのです。

嫌な仕事、不得手な仕事ばかりして我慢に我慢を重ねている。
これがストレスの元なんですよ。
好きなことをしているときは、残業だって徹夜だってなんのその。
全然疲れないんです。
だって面白いんだからね。どんどんやりたいんだからね。
ぼくはスタッフたちに好きな仕事に邁進してもらいたいし、ぼく自身もそうであるようにしたい。

時々誰かから「お疲れ様です」と言われます。
ぼくは「疲れてません。疲れてなんかいられない!」なーんて答えます。
ちょっと大人気ないですか(笑)。

2012年2月14日火曜日

ファシリティマネジメントのススメ

こんにちは

経営は4本の柱で支えられている。
「人材」「資金」「情報」そして「ファシリティ」。
しかし、ファシリティの重要性に気づいていない経営者は多い。
いや、ファシリティをないがしろにしている経営者ばかりである。
ファシリティは経営を支える重要な経営資源のひとつなのだ。

ファシリティをないがしろにしているため、経営が安定していない企業は意外なほど多い。
旧来の施設管理という技術的側面しか考慮していないため、安かろう悪かろうに陥っている施設ばかりである。
この誤りは「人材」との比較をすればすぐ分かる。

安かろう悪かろうの人材ばかりの企業が、発展することがあるだろうか。
利益が減ったために人件費を削減する。
すると会社内に「安い人」ばかりが残ることになる。
ダメな経営者の典型である。
それと同じコトがファシリティにも言えるのである。
気づいていない経営者が多いだけに、チャンスでもある。

戦略的ファシリティマネジメントの導入は、経営革新に残されている最強の切り札なのである。
保有する施設資産及びそれらの利用環境を経営戦略的視点から総合的かつ統括的に企画、管理、活用し、全体最適を目指すこと。
それがファシリティマネジメントの神髄なのである。

というのが坂本春生氏の講演でした。

糖質制限食、始めてみます!

こんにちは

単身赴任の人体実験シリーズ。
今回は「糖質制限食」にチャレンジしてみます。
要するに、ご飯を食べない。
炭水化物の摂取を減らして、その分のカロリーはタンパク質と脂質から摂るわけ。
傷は絶対消毒するなの夏井先生に感化されました。
http://www.wound-treatment.jp/title_new.htm

炭水化物、糖類を摂らなくても人間は十分生きていけるらしい。
お米など炭水化物を人類がたくさん食べられるようになったのはたかだか2000年前くらい前、弥生時代、農耕革命以後。
それ以前の人類は、どちらかと言うと少量で栄養の多い脂質を好んで食べていたそうです。

脳は栄養素としてグルコース、すなわち糖しか利用できませんが、だからって糖類を食べなければならないわけじゃない。
人間の体はちゃーんと脂質を分解してグルコースを作ることができるんです。
北極圏に住むイヌイットたちは、穀類はほとんど食べない。
でも健康だし知的。

近年(ここ100年くらい)イヌイットの人たちも「文明」が入ってきて、糖質もたくさん食べられるようになった。
すると肥満が増えたわけです。
もちろん文明が進んで労働が減る、すなわち身体を動かす必要がなくなったから、ということもあるでしょう。

それでも人の体は、糖類を摂るとそれを脂肪に変える働きが強いとも言えるわけです。
原始時代、穀類は秋だけ、たまーに収穫できる「栄養の缶詰」だったことでしょう。
ヒトは穀類を食べ、それを脂肪に変えて蓄積し、厳しい冬に備えたんじゃないかと思うのです。

つまり、蓄積は糖質->脂質、消費は脂質->グルコース、というのが、本来的にヒトの身体に備わった栄養素のルートなのではないか。
ですから、糖質を摂ればその栄養は即消費されるよりも、蓄積する方へ回される。
なので秋でもないのに太ってしまうわけです。

糖尿病という病気も、食事療法で治していきます。
以前はカロリー制限で治療していましたが、カロリー全体を減らすより糖質の割合を減らすほうが効果が高いことが分かって来ました。
カロリー全体を減らすと、人の活動度も落ちてしまい、まったくの病人になってしまうのです。
QOLが下がりすぎるわけです。
糖尿病自体の症状は抑えられたとしても、それでは生きている価値が減ってしまう。

それどころか糖質の過剰摂取は、精神にも影響を及ぼすらしいことが分かってきたそうです。
うつ病も、そのかなりの割合が食事療法で改善する。
それも糖質を制限した食事が治療効果を上げているのだそうです。

屁理屈はともかく、実践です。
もちろんそれによって体調を崩しては元も子もないですから、モニタリングは怠らず。
夏井先生のホームページによると、糖質制限食を開始するとあっという間に数kg痩せるそうです。
脂肪->グルコースの消費が、糖質->脂肪の蓄積を上回るからですね。

ぼくはちょいと太り気味です。
太り過ぎと書かないのは、BMI指数でほんのちょっと太り過ぎラインを越えていないという、ささやかなプライド(笑)。
単身赴任を始めてから5kg減りましたが、それでも太り気味。
もしかしたら持病のアトピーも、糖質過剰、太り気味が原因ではないかと思ったりもする。

先日、次男の満5歳お誕生写真を撮りに写真館に行ったんです。
待ち時間、そこにあったTVを見ていました。
役所広司が髭面で映っていたんです。
役所広司、かっこいいおじさんですよねー。
それを見て妻が

 「よっちゃんもあと10kgくらい痩せれば、役所広司並になるかも」

と言ったんです。
よーし痩せるぞー、と決意したのが、そもそもの始まり。

2012年2月12日日曜日

ジェントルでいられる仕組み

こんにちは

ファシリティマネジメント大会で、防災研究家の山村武彦氏の講演が面白かった。
3.11大震災のあと、略奪など非道な行いが起こらず、日本人が非常に紳士的であったことが諸外国からも賞賛されました。
他国で大規模な震災に見舞われたとき、そのあとに略奪などが行われるのが当たり前。
それに比べて日本人はそういう行いはしない。
日本人はなんて素晴らしいのだろう、と。

でもそれには理由があったんです。
それは被災地で、被災後早い時期に店舗が店を開けたこと。
コンビニなども地震で陳列棚はめちゃくちゃになりましたが、ともかく一応片付けて店を開いた。
これによって被災者への初期の物資の供給ができたんですね。
支援物質が届くまでの「つなぎ」ができたのです。

そして被災者がそれを購入出来るだけの現金を持っていたこと。
お金があってものを売ってくれる店がある。
これが冷静な行動を生み出したのだそうです。

たとえば店が開かなかったらどうだったでしょうか。
物があるのに店が開かなければ、物を求めている人は強引にそれを得ようとするでしょう。
諸外国で略奪が横行したのは、お店の側が持っている物資を守るために店を固く閉じてしまったからだ、とも言えるのです。
そこにあるのに得ることができなければ、非合法な手段に訴えてしまう人も出てくるのが当たり前でしょう。

たとえば現金を持っていなかったらどうでしょうか。
店は開き、物はそこにある。
お金はないが物は必要だ。
そんな時は、とても冷静な行動はできなくなってしまうでしょう。
お店の側も、お金のない人ばかりだとしたら、ますます店を固く閉じてしまうに違いありません。

だから被災したとき、近隣の金融機関は預金通帳などが地震や津波で紛失していたとしても、一定額の現金を融資する必要があるのです。
現金があれば物が買える。
必要な物が得られるなら、人間はあえて非合法な非道なことはしなくてすむのです。

3.11の時、被災地で日本人が冷静な行動ができたのは、そういう前提条件も整っていたからなのだそうです。
そして、災害があったあとはなるべく早く店を開ける、という暗黙の了解があったんです。
支援物質が届くまで、数日はかかるものです。
それまでの間、必要な物資を供給することができた。
それが冷静な行動を生み出すのです。

あこがれの生き方


こんにちは

先週ぼくはファシリティマネジメント大会というのに参加しました。
これまでぼくがやってきた「建物を造る」という仕事が少なくなってしまった。
今はスパコンのインフラの運転をやっていますが、これもまずまず順調にいっています。
そろそろ「次の方向」を模索しなくちゃね。
というわけで、この大会に初参加。
施設管理という技術的なものではない、ファシリティのマネジメントって何だか知りたかったんですよ。

その日、きっと知り合いは誰もいないだろうからと思って、髪はぼさぼさ、普段着で参加。
ところが、野口悠紀雄さんの講演を聴いて会場から出るところで、肩を叩かれました。
「お久しぶりです!どこかで見た顔だとおもって!」と声を掛けられました。
記憶をたぐると、おやおや、5,6年前に一緒に仕事をした仲間じゃないですか。
彼は高校もぼくと同窓の設計士さん。
でも一緒にやった仕事のあと(途中かも?)忽然と行方がわからなくなっちゃってたんです。
別の会社に移って活躍している様子。
ともかく、お互い元気で何より。

その後展示会場へ。
企業が新製品を展示、説明している場所ですね。
ここでぼくがあるメーカーさんの説明員の方と話をして、名刺交換したとき。
突然、横から割り込んできた紳士。
「お、その名刺かっこいいですね。私にも下さい」
なんだなんだ、この図々しいオヤジは~。
確かに、ぼくの名刺はかっこいいんです。
自分でデザインして、自腹で作ってますからね。

ぼくの名刺を見てそのおじさん。
「おお、理研ですか!うちの娘もお世話になっているんです」
そのおじさんの名刺を見ると、おやまあ見覚えのある名前。
それもめったにない珍しい苗字。
ぼくがけっこう親しくさせてもらっている同僚と同姓。
「あ!もしかして○○研究所の△△さんのお父さんですかー」
そしてお父さんは自分のカメラを展示会場の説明員さんに渡して、有無を言わせず写真を撮らせたり。
強引なおじさんじゃー。

家に帰ってからさっそく同僚の△△さんへメールしました。
お父さんに会ったよ、って。
そうしたらこういう返事が来ました。

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父からも本文なしのツーショット写真が届きました~。
写真を受け取った私がびっくりです!

父はいろんなことに手をだしているので
何業者なのかよくわからないですが
あの歳になっても本当に仕事が楽しそうで
娘の私から見てもあこがれの生き方です。
###

おお、いいですねー。
娘の私から見てもあこがれの生き方。
ぼくもそういう生き方をしたいし、我が子からもそう言われたいなー。

そのためにはもちろん努力、精進。
好きなことがやれる条件を整える。
そして好きなことだけしかやらない!

2012年2月9日木曜日

教師心得帳

20年ぶりくらいに有田和正先生の講演を聴きました。
神戸学力研の集会で。
たまたまその時間、仕事にスキマができたので(いやいや、スキマを作ったので)、三ノ宮まで行ったのです。
心に残ったことをメモしておきます。

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指導案を書く前に「板書計画」をしろ。
板書計画が決まってから指導案を書くと、いい流れの授業になる。

一人を育てる、すると5,6人が自然に育つ。
クラスの子のうちで、この時間はあの子を育てようと定めて授業する。
もちろんその子は育つけど、同時に他の5.6人も育っちゃうんだ。
どの子にもまんべんなく教えるのではなく、一人に照準を合わせる。
その方が結果としてクラス全体が育っていく。

教室に入ったら笑顔。
それは教師の義務である。

板書は消し方も大切。
授業の最後に、板書を消しながら復習する。
授業が終わると黒板はきれいになっている。

教師が教えたいことを、子どもが学びたいことへ転化する。
それが授業だ。

教科書の模写は大切。
理科の実験の図も模写させた。
すると理科が面白くなった。

2012年2月8日水曜日

親の期待


こんにちは

2/7は、とんたんの満5歳の誕生日でした。
近所のスーパーにお誕生日プレゼントを一緒に買いに行きました。
お母さんへチョコレートを買って帰り、「5歳まで育ててくれてありがとう」と言って渡しました。

5歳になったらとんたんに伝えたいことがありました。
はっちゃんが5歳になったときもやったんですが、小児科医の田下さんの本に書いてあったことです。
それは、大人になったら親のめんどうをみて欲しい、私たちも君に期待している、ってこと。
子どもは誰かに期待されている、頼られていると思わないと、正しく育たないんだそうです。

期待されている、頼られているから、しっかりしようと思うものです。
大人でもそうですよね。
期待されない、頼られないって、寂しい人生だもん。

もちろん過度な期待はいけませんが、適度な期待は責任感を育てます。そういうことが5歳になると、理解できるようになるし、5歳の頭に染み込むのだそうです。

昨日の誕生日、お祝いのケーキを食べる前にとんたんに言いました。

 峻貴君が5歳になったから、伝えたいことがあります。
 峻貴君が大人になったとき、お父さんもお母さんもじいさん、ばあさんになっています。
 そのときはお父さん、お母さんのめんどうをみてくださいね。
 はっちゃんと協力して、立派な大人になって下さい。

とんたんは元気に「はーい!」って答えてくれました。
ぼくはちょっと目が潤みました。
とんたんの心の奥に染み通ったならいいですねー。

2012年2月7日火曜日

カルピスゼリーの作り方


先日やったボーイスカウトでの科学教室。
隊長の方からメールをもらいました。

 昨日はありがとうございました。
 写真もたくさんとって頂いて、子供たちいい表情で
 写っていますね。
 すっかりお任せでして頂きましたが、大変勉強になりました。
 いつもの活動ですとどうしても、あれも教えて、これもやって、
 と思いがちですが、子供たちにヒントを与えて、
 考えてもらって、感じたことを引き出せば楽しい時間を共有
 できるのですね。
 お陰様で午後も、楽しい集中力が切れることなく、のこぎりで
 大工仕事をやっていました。
 S君(一番左に座っていたスカウト)はのこぎりもかなりの腕前
 でしたよ!大工にならないかと誘われていました。
 未来につながる活動をしていきたいと思います!
 4月も見学会楽しみです!
 カブの定番プログラムにしたいので、是非またお願いします。

楽しんでもらえてよかったですねー。ぼくも楽しかった。
そして子どもの心に、ちょっとでも何かが着火したのなら嬉しいです。

さて、カルピスゼリーの作り方。
ボーイスカウトでやって大好評だったものを紹介しますね。
もともとは『たのしい授業』に載っていたものですが、ボーイスカウトらしく大胆アバウトにアレンジしました。

まずゼラチン5g程度(小さじ半分くらい)をマグカップに入れます。
森永「クックゼラチン」なら5gに分包されているので便利。
6袋入って、スーパーで150円くらいです。

次に、マグカップ1/4程度までお湯を入れ、スプーンでかき混ぜ、ゼラチンをよく溶かす。

その次にカルピス(原液)をマグカップ1/4程度入れます。
これでマグカップは1/2程度液体で満たされているはず。

そこに、氷(冷蔵庫の氷でもよし、コンビニなどで売っているオンザロック用氷でもよし)を2、3個ぶち込み、スプーンでかき混ぜます。

ゼリーを作るとき、普通は冷蔵庫で1時間くらい冷やして固めます。
でもそれじゃあ時間もかかりますし、固まり出す瞬間も見ることができない。
氷をぶち込むことで早く冷やすんです。
その代わり氷が溶けて薄まるから、カルピスは濃いめに入れておく方がよいです。

こうしてかき混ぜていくうちに、だんだんととろみが出てきます。
とろみが出てこないうちに氷が溶けきってしまったら、氷を追加します。
とにかく、ある温度以下になれば必ずゼラチンは固まるのです。
その温度になるまで、氷を溶かしつつ冷やすわけ。
さらさらだった液体が、だんだん粘度を増してぷるぷるになる瞬間。
子どもはとても喜びますよー。

とろみがついたら出来上がり。
溶け残った氷は捨てます。
これでぷるるんなカルピスゼリーが出来上がり。

たぶん、マグカップいっぱいの量になっているはずだ。
さあお腹いっぱい召し上がれ!

2012年2月5日日曜日

形が変わるとはたらきも変わる


こんにちは

今日は近所のボーイスカウト集会で科学教室をやりました。
先週プランを練った「形が変わると働きが変わる」というもの。
机と机を12cmくらい離しておき、そのスキマにはがきを乗せる。
そしてその上に10円玉を乗せていって、何枚乗るかを実験します。

さらにたくさん10円玉を乗せるためにはどうすればいいか、考えます。
単純には2枚、3枚とはがきを重ねて、厚くしていくという方法が考えられます。
これも実験してみます。
厚みを増やさなくても、さらにさらにたくさん10円玉を乗せる方法はないか、考えるんです。

そう、折り曲げてみるんです。
1回折って、L字型にしてみる。
たったこれだけでも、驚くほどたくさんの10円玉を支えることができるようになるんです。
もっと強くする折り方はないでしょうか。
もう1回折って、C字型にしてみる。

C字型はとても強くて、たくさんの10円玉を支えられます。
でも、C字型は向きによって強さが異なります。
弱い向きもできちゃうんですね。
どの方向でも同じ強さを発揮させるにはどうしたらいいでしょうか。

C字型を2つ、背中と背中を貼り合わせると、H字型になります。
これは強い。
そして向きによらず、同じ強度を持たせることができるんです。
このH字型は、鉄骨造りの建物で使われています。
鉄板を折り曲げたり溶接してH字型にすることで強度を出し、またどちらの向きでも強度を保てるからです。

東京タワーの鉄骨にはこのH字型のものが使われています。
H字型の鉄骨のおかげで、333mもの高いタワーを造ることができたんです。
さて、さらに強い形はないでしょうか。
それは東京タワーより強さが必要な建物を思い浮かべると分かりますよ。

そうです、東京スカイツリーです。
高さ634mもあります。スカイツリーを支えている鉄骨はどういう形をしているか、知っていますか。
実は円柱型なんです。1枚の鉄板を円柱型に丸めると、とても強くなるんです。
どのくらい強いか、はがきを丸めて、そこに10円玉をぶら下げて確かめてみましょう。

どうです?形が変わると、強さが変わるんです。
面白いでしょう。

形が変わると強さが変わるだけではありません。
1枚の板でも、形を変えると空を飛ぶようにもなるんです。
ここで工作タイムです。
紙ではなくプラ版を用います。
プラ版をプロペラ型に切って、ナナメに折り上げる。
中心に竹串を刺すと、竹とんぼならぬプラトンボの完成!

このプラトンボ、左右のバランスがいいとすごくよく飛びます。
今回は仮説社から購入したものを使いました。 
http://t.co/yuMpURzZ 
子どももスカウトのリーダーも夢中になりました。

最後はおやつタイムです。
ゼラチンをお湯に溶き、カルピス原液を入れる。
そこに氷の固まりをぶち込んで、かき混ぜつつ冷やしていくと、カルピスゼリーの出来上がりです。
美味しいですよ。
これも、形が変わると美味しさも変わるってことでー。

この授業プラン、今回が初演だったので、少々段取りにもたつきがでちゃいましたが、まずまず楽しいものにできました。
2回、3回とやっていくうちにスタンダードなものにできると思います。
ともかくぼくも楽しかったです。
ありがとう!

2012年2月3日金曜日

世界一のスパコン「京」のすごさ その4


top500リストを見ると、R-peakとR-maxの記載がある。
http://www.top500.org/list/2011/11/100
R-peakはそのシステムの理論性能であり、R-maxはLINPACK時の実際の性能である。
近年、2位の中国天河1Aや5位の東工大「TSUBAME2.0」など、GPGPU(General-purpose computing on graphics processing units )を用いたマシンが上位を占めるようになっている。

GPU(Graphics Processing Unit )は元々はグラフィックアクセラレータであり、画像表示のような単純な演算を行う演算器である。
GPUはCPUの制御の下で用いられる動画信号生成専用の補助演算用ICである。
動画像の実時間内での生成は高負荷な演算能力が要求されるが、その多くが定式化された単純な演算の繰り返しであるためハードウェア化に向いている。
それを数値計算に転用したのがGPGPUである。
GPGPUは比較的シンプルな素子であるため、消費電力も少ない。
また、GPGPUは安価でもあるので開発費を抑えられる効果もある。

ただしGPGPUはその特徴から、単純な演算にしかその性能を発揮できない。
すなわち、計算に向き不向きがあるということである。
条件分岐の少ない計算に対しては性能を発揮できるが、条件分岐の多い計算には向いていないのである。
GPGPUから構成されたシステムの性能を見ると、R-peakとR-maxの差が大きいことが分かる。GPGPUは行列演算が比較的得意であり、連立方程式を解くLINPACKで性能が出やすいのであるが、それでもGPGPUを用いたスパコンではR-peakとR-maxの比、すなわち実行効率は50%強に留まっている。
これに対して「京」の実行効率は93.2%にも及ぶ。

一般の科学技術計算では、LINPACKよりさらに条件分岐の多い複雑な演算を行う必要がある。
であるので多種多様な科学技術計算においてはさらに実行効率は悪くなるであろう。
top500でのランキングは上位であっても、実際の研究・開発には役立たないという懸念も残るのだ。

またGPGPUを用いた計算機は、プログラム方法も特異で難しく、プログラミングの専門家ではない一般の研究者にとっては扱いにくい。
これまでに開発したプログラムもそのまま転用もできない。
プログラミング技術を習得したり、開発済みのプログラムを改編したりする手間と時間があるのなら、多少遅いマシンでもそちらを使うほうが楽だし効率的というものである。
普通の研究者は、プログラミングの専門家ではないのである。
従ってGPGPUマシンを利用し、成果を上げられる研究者は限られてしまい、ユーザーも限定されてしまうという恐れもある。

「京」のコンセプトの一つは<汎用コンピュータ>である。
top500上位ランクインのみが目的ではなく、多種多様な科学技術計算に対して、そのリクエストに応えられることだ。
「京」のLINPACK性能は10ペタフロップスであるが、あらゆる科学技術計算に対しても有効な演算速度、すなわち最低でも1ペタフロップス程度、あるいはそれ以上の性能を発揮することが求められた。
また、これまで培われてきたプログラムやアプリケーションがほぼそのまま動作し、研究者にプログラミングの負担を与えないことも重要である。
研究は「トライアンドエラー」であるから、気軽に何度も利用できるということもスパコンによって研究開発を発展させるためには必要なことなのである。
よって「京」はGPGPUは使用せず、CPUによるシステムを選択したのだ。

学力=好奇心×知識


こんにちは

先週末、鳥取でサイエンスカフェをやってきました。
SACLAの話を中心に、ちょこっとスパコンの話もおりまぜながら。
呼んでくださったのは、鳥取環境大の足利先生。
足利先生のお人柄がよく出ている会でした。
参加者のみなさんもほんわか暖かかくて、熱心に話を聞いて下さり、ぼくも熱が入りましたよ。
2時間の予定がつい時間オーバーしちゃいました。ごめん!

その模様を、鳥取市役所の方がユーチューブにアップロードして下さいました。
http://t.co/lvpxWxWp
ホンモノのカフェで、コーヒーとケーキも出ました。
ぼくもケーキを頬張りながら楽しくお話が出来ましたよ。

収容人数25人のところ、29人も集まってくれました。
詰めればもっと入るかもしれませんが、ぼくの講演は聞くだけじゃなくて、参加者自らが手と頭を動かすことになってますから、ギリギリそれができる人数だったと思います。
主催者の足利先生、グッドジョブ!

参加者はお子さんが多いかなーと思ったら、大人の方が大部分でした。
小学6年生が一人、中学生が一人、高校生が二人、あとは大人の方でした。
例によって10円玉と1円玉でボルタ電池を作り、LEDを光らせる実験をやってもらいましたが、自分の手で光らせることができると「おお!」という歓声が。
「今更ながら感動した!」という声も。
子どもだけじゃなくて、大人の方にも歓迎される内容だって、自信を持ちましたよ。

その他に、ユーチューブのビデオでもうつってましたが、鉛筆に電流を流してバリバリさせたり、圧電素子で参加者に感電してもらったり、ネオジム磁石を触ってもらったり、いろんなことに興味を持ってもらえるようにしました。
ホンモノの学力は、好奇心×知識。
知識だけでもダメだし、好奇心だけじゃ長続きしない。
そんなことも参加者の皆さんに伝えたかったんです。

ぼくは分かりやすい話を心がけていますが、全部を理解させようなんて不遜なことは考えていません。
不思議を残す。
なぜLEDは光るのか、なぜオキシフルで電圧が上がるのか、不思議でしょ。
会場から質問が出ても、全部は説明しないんです。
だってそこからが始まりなんですから。
そこで説明を聞いちゃうと、へーそうなんだー、で終わっちゃうでしょ。
それはつまんないですよね。

人から教えてもらうより、自分で調べたり考えたりする方が面白さ倍増じゃないですか。
自分で考えて分かった時の感動はアドレナリン出まくりですよね。
それが科学の醍醐味だし、ホンモノの学力へとつながっていくんだと思っています。

今週末は、うちの子がお世話になっているボーイスカウトで科学教室をやります。
鳥取でのサイエンスカフェがウケたので、ゴキゲンになり、ぼくの頭の回転は速くなりました。
たったの三日間で新しい授業プランができちゃいました。
題して「形が変わるとはたらきも変わる」。
構造力学入門なんだけど、面白い授業ができると思う。
週末が楽しみです!

世界一のスパコン「京」のすごさ その3

「京」の故障率の低さ、その秘密は、高発熱体であるCPUと通信用LSI部分を直接冷却水(純水)で冷やすようにしたシステムボードの開発である。
http://www.aics.riken.jp/img/k/system01.jpg
CPUの上に銅製のボビンを被せ、ここに冷却水を流すのだ。
そのことによって、CPU自身の温度を30℃以下に保つ。
CPU温度を30℃以下に保つことにより、高負荷・高発熱・高温による破損や計算エラーを防ぐわけである。

近年、コンピュータの高発熱化、高集積化のために、水冷システムが多く採用されてきている。
例えば東工大TUBAME2もそうである。
と言ってもそのほぼ全ては、ラック水冷である。
コンピュータを収容するラック自身に熱交換器を設け、ラック内で空気を循環させ冷やす。
なので、ラック内は空冷のままなのであるので、CPUの温度も高くなってしまう。
「京」のように、CPUを直接冷却水で冷やす、というアイデアはなかなかに大胆で優れたものだと思う。

半導体の寿命はジャンクション温度によって決まる。
ジャンクションとはLSIに集積される素子をつなぐ「つなぎ目」である。
この部分が電気抵抗となり、発熱し温度を上げる。
通常のコンピュータは空気により冷却される。
空冷の場合、高発熱体であるCPUの温度は80℃以上にもなってしまうのだ。

高温により半導体は熱劣化する。
物理化学の教科書に載っているアレニウスの法則によると、温度が10℃上昇すると化学反応の速度は2倍になる。
熱劣化もある種の化学反応である。
すなわち、温度が10℃上昇すれば、熱劣化速度は2倍、つまり寿命は1/2になってしまうということである。
「京」はCPUを直接冷却水で冷やすことにより、ジャンクション温度が上昇するのを防ぎ、故障を減らし寿命も伸ばしているのだ。

空冷システムのCPU温度を80℃、「京」のCPU温度を30℃とすると、その温度差は50℃である。
アレニウスの法則を適用すれば、空冷システムに比べ水冷システムでのCPUの寿命は2^5=32倍にもなる計算だ。
「京」のMTBFについてはまだ統計的データを得られていないが、長時間に及ぶ大規模計算でも十分な実力を発揮できる確証を得た。

1枚のシステムボードには4個のCPUと4個の通信用LSIが乗せられているが、発熱密度の低いメモリ部分は空気による冷却としている。システムボードは24枚計算機筐体に乗せられ、冷却水パイプと接続されている。

2012年2月2日木曜日

世界一のスパコン「京」のすごさ その2


変数が多ければ当然、解き終わるまでの時間もかかる。
数学の時間、連立方程式を解くとき、2元1次方程式ならササッと解けても、3元1次方程式になると手こずった経験があるだろう。
計算時間はほぼ変数の数の3乗に比例している。
11,870,208元の連立一次方程式を解くのに、「京」は29時間28分動き続けた。

現在のスパコンは超並列システムであり、多数のコンピュータをつないでいる。
たとえ1台あたりの故障確率が10年に一度だとしても、1000台並列したものでは3~4日に1度はどこかが故障する計算になる。
「京」は82,944個ものCPUを並列した計算機である。
CPU1個あたりの故障確率がもし10年に1度だとしたら、1時間に1回はどこかのCPUが壊れているという計算になってしまう。

東京工業大学の松岡教授によると、中国の世界2位であるスパコン天河1AのMTBF(MeanTime Between Failure:平均故障間隔)は6時間とのことである。
つまり、天河1Aは6時間に1ヶ所が故障しているわけである。
それに比べるとより大規模である「京」が30時間近く無故障で動いたというのはすごいことであることが分かるであろう。

天河1AのLINPACK測定時間は4時間程度だったと推定されている。
なぜなら6時間に1度故障してしまうので、連続運転時間は6時間以内に限られる。
安全率を見込んで4時間程度で解き終わる変数の数に抑えたのだろう。
天河1Aの解いた変数は3,600,000変数だったそうである。
「京」の1/3にすぎない。

2012年2月1日水曜日

日経新聞に載せてもらいました


日経新聞から取材があり、建物設備についても紹介いただきました。
スパコンを冷却している冷却塔からの蒸気の写真も一緒に撮影。
蒸気の中から昇る太陽を撮影したいとのことで、早朝からの取材になりました。地方版ですが、大きく取り上げていただけ、しかもとても嬉しい記事内容。
ありがたいですねー。

世界一のスパコン「京」のすごさ その1


理化学研究所(理研)と富士通とで開発を進めてきたスーパーコンピュータ「京」が、昨年6月の世界スパコンランキングtop500で世界一を獲得した。
日本のスパコンが世界一になるのは7年ぶりの快挙であった。
「京」は同年11月のtop500においても、更に性能を上げ世界一を維持した。
「京」の計算速度は2位のスパコンの4倍以上であり、ぶっちぎりの世界一である。

「京」の名は、目標とする計算速度の<桁>に由来する。
京は兆の1万倍を表す単位である。
すなわち、1秒間に1京回=10^16回=10ペタフロップスの計算をこなす。
top500において、「京」は目標以上の10.51ペタフロップスの性能を発揮した。

このスパコンランキングtop500は共通のソフトウェアであるLINPACKベンチマーク試験にて競われる。
LINPACKはスパコンに多元連立一次方程式を解く計算を行わせるものだ。
LIPACKの性能は、解く問題のサイズが大きい方が演算あたりのメモリアクセス回数が減るので、高い性能を出しやすい。
「京」はなんと11,870,208元の連立一次方程式を解いたのだ。
1000万元以上の変数の問題を解いたのも世界初である。
これにより「京」は、時間あたりの速度が速いだけではなく、大規模な計算に耐えることも証明した。