2012年4月24日火曜日

子どもの成長は待ってくれない

こんにちは

小平邦彦『怠け数学者の記』岩波現代文庫¥1050-から引きます。

 物事には、次の三種がある。
 (A)子供のときに習得しておかなければ大人になってからでは
   どうしても覚えられないこと。たとえば読み書き。
 (B)大人になってからでも簡単に覚えられること。あるいは
   大人になってからの方が子供のときよりも早く覚えられること。
   たとえば、目玉焼きの焼き方。
 (C)わざわざ学校で教えなくても自然に覚えること、たとえば
   楽しく食事をすること
 このように物事を分離してみれば、小学校の教育においてその内容が
 (A)に属する教科に重点をおくべきことは明らかだろう。

なぜ小学生の勉強で「読み書き計算」が大切なのか。
そしてそれは、学校だけでは十分身につかず、習熟のためには家庭学習が欠かせないのか。
ぼくは大学生の頃に岸本裕史『見える学力、見えない学力』 国民文庫¥ 578を読んでいて、小学生の年代の子にとって読み書き計算が、その発達上重要であることは知識として知っていました。

初任の時、実際に2年生を担任して実感しました。
「学校で勉強させるだけじゃ、漢字や計算でさえ、子どもたちに身に付けさせることはできない」
最初は愕然としたんですよ。
授業中もしっかり教えていて、子どもも字が書けるようになっているし、計算もできるようになっている。
でも数日後にテストするとまるで駄目。かなりできないんです。

大人なら、理解できたことはできるようになるじゃないですか、たいていは。
でも子どもは違うんですね。
理解できてもできるようにはならない。
ああナルホド、はその場限りなんです(実は大人もそうかも?)。

繰り返し何度も何度も練習する必要があるんです、子どもは。
その時間はとても学校の授業中だけでは賄い切れないんです。
逆に、子どもは理解できないことでも練習すればできるようになります。
大人は理解できないことは気持ち悪くて覚えたり練習したりしないものです。
でも子どもは違う。
分かる喜びより、出来る喜びの方が強いんです。

そして、出来るを繰り返していくうちに、分かるに到達することが多い。
あるいは、小学生のうちはあまり「わかる」にこだわらなくてもいいんじゃないか。
わかるより「出来る」に重点を置いたほうがいい。
なぜなら子どもの学力はテストで評価することが多いわけです。
わかっていたとしても出来なければ、テストの点数は取れません。
わからなくても出来るようになっているなら、テストの点数は上がります。
いい点数ならゴキゲンになります。
自分はアタマガイイんだ、と錯覚します。
錯覚すると、もっと勉強するようになる。
すると、わかるまで到達する子も増えてくるんです。

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