2012年4月15日日曜日

正文集をつくれ その2

こんにちは

試験の形式に、四択問題とか五択問題というのがある。
マークシート試験のほとんどはこれ。
受験者は四択、五択は楽ちんだと思っていたりする。
分からなくてもエイヤでまぐれ当たりするかもしれないからね。
馬鹿言ってんじゃないよ、まぐれで受かるほど試験は甘くないのだ。
四択、五択問題でラクなのは、実は採点者の方だけなのだ。

以下の中から正しいものをひとつ選べ、という問題だ。
受験者はそれぞれの選択肢が正しいのか、間違いなのか、すんごく悩ませられる。
特に初学者が過去問題集に取り組む場合、どれが正しくて、どれが間違いか理解するにはすんごく時間が掛かる。
解説を読んでもなかなか理解できない。
まして、解説が不十分な場合、なぜその選択肢が正しいのか、あるいは間違いなのかがよくわからないのだ。

初学者が最初にやるべきことは、正しい選択肢だけ徹底的に何度も読むことだ。
過去問集の解答を見て、正しいことが書いてある選択肢にだけ印を付ける。
それだけを何度も何度も繰り返し読む。
間違いが書かれている選択肢は読んではいけないのだ。
間違いをいくら学んでも、正しいことは分かるようにならないからだ。

正しいことが書いてある選択肢だけを繰り返し読み込む。
アタマの中に正しい情報だけを叩きこむのである。
とにかくそれが先決なのである。
四択、五択試験は、まずは正しい選択肢だけに印をつけ、それだけを繰り返し読む。
だいたい5年間分の過去問をこの方法で読みこめば、楽に合格ラインまで届くはずである。
しかも短時間で。

これが、四択、五択問題での「正文集の作り方」なのである。
正しいことが書いてある選択肢だけを何度も何度も読みこんでおくと、間違いが書かれている選択肢のどこが間違いなのかが「見える」ようになるのだ。
正しいことが身につくから、間違いがはっきり見えるようになる。

次は、穴埋め問題の対策だ。
マークシート方式の試験が増えたため、穴埋め問題も問題の最後に選択語群が記載されており、その記号をマークする試験が多い。
選択語群が書いてあるから楽ちんだ、と思っている受験者がけっこういる。
バカを言うな。
これも受験者に楽をしてもらうために選択語群が書かれているのではない。
採点が楽だからそうしているのだ。

こういう穴埋め問題を勉強する時も。問題集そのままで勉強してはいけない。
そのままだと、問題を解く時、問題を読みつつ、選択語群が書いてある欄を見に行ったりしなければならず、甚だめんどうだ。
問題集のレイアウトによっては、選択語群はベージをめくらなければ見られなかったりして、疲れる。
めんどう、疲れるやり方は、勉強の敵である。
勉強はなるべくめんどうがなく、疲れないやり方でやるべきだ。
さもないと、長続きしないからね。

穴埋め問題は、問題集にその解答を書き込んでいくのがよい。
ページの左右に余白がある問題集なら、問題のすぐ脇の余白に書き込む。
もちろん解答を見ながらで良い。
当然ながら選択肢の記号ではなく、用語を書き込んでいくのだ。
空白問題は、何がキーワードなのか教えてくれる、親切な問題なのだ。
記号ではなく、言葉そのものを記憶するよう努めたほうが、あとあと役に立つ。
記号なんか覚えても役に立たないのは自明であろう。

余白が少ない問題集の場、一手間かけて、問題集より大きい紙にコピーし、上下左右に余白を設けるとよい。
この余白に解答やら、メモやらを書き込んでいくのだ。
この程度の労力とコピー代をケチると、結局はもっと損をすることになる。

不勉強な人に限って理想的なことをやろうとする。
コピーするのでも問題集1冊いっぺんにやろうとする。
これは無理である。
余白に答えを書き込んでいくのも、過去問何年分もの量を一度にやろうとする。
で、途中で力尽き、やる気を無くす。

勉強が出来る人、勉強が好きな人は謙虚である。
無理はしないのだ。
今日できそうな分だけやる。
たとえそれが数ページ分だっていいのだ。
その代わり、そこまでは確実にやりぬく。
そして余力があったら、もう少し追加する。
少しずつ、コツコツとやっていく習慣がある。
自分を過信しないのも、勉強の大切な心構えだ。

さてこれで、穴埋め問題の「正文集」もできた。
余白に書いた答えを隠しつつ、問題を読み空欄に入る語を思い出す。
思い出せなかったら、隠していた答えを見て記憶する。
あとは繰り返し勉強すれば、キーワードがアタマに入る。

キーワードがアタマに入っていれば、記述問題、論述問題にもかなり対応できるようになるのだ。
資格試験の論述問題は、設問に応えるためのキーワードをいくつか選び出すことが出来れば、あとはそれらを文章としてつなげるだけで、400文字ないし600文字程度の文章を書ききるのはそうむずかしいことではない。
十分合格ラインの論述ができるのだ。

勉強は、こうやって正文集をつくってするのが合理的なのだ。
正文集を自分一人でつくっても良いが、仲間同士で分担して作るのも合理的だ。
勉強仲間がいると、より合理的に楽ちんに勉強ができる。
5人いれば、ひとり1年分の過去問から正文集をつくって、それをお互いにコピーすればいい。作業時間を分担するので、暗記にかけられる時間が5倍になるってわけだ。
ぼくの教師としての経験では、一流校の生徒同士はこういう分担を友達どうしてよくやっている。
そうやってお互い助けあっていることが多いのだ。

どうだろうか。正文集の作り方がわかっただろうか。
また、正文集の効用がわかっただろうか。
正文集を作るという勉強法は、資格試験にだけ有効なのではない。
実務、実際の仕事をする上でもすごく役に立つ。
世の中には間違った情報があふれている。
間違った情報に躍らされることほど不合理なことはない。

仕事も正文集を作っていくのが良いのだ。
仕事をしていて何か違和感を感じる時がある。
そういう時は、皆がやっているからといって自分もそのままやってはいけない。
いったん立ち止まって、ホントはどうなのかな、と考えたり、調べたりする。
正しいことだけを身につけるのだ。
そういう習慣を身に着けておけば、知らずに悪事に加担するなんてことからも遠ざかることができるのだ。

0 件のコメント: